俺は日々、土方の野郎を貶める手段を探していると言っても過言ではない。怪しげな骨董品屋にふらりと寄って何かからかいのネタにできるものはないだろうかと探す。そんな日課をこなしているうちに見つけたのが『呪いのポラロイドカメラ』だ。
 詳しいことは知らない。店主の親父がなんやかんやと語っていた気がするが、右から左に流れていくばかりで半分も聞いちゃいなかった。使うと災いが降りかかるという曰く付きの品らしい。それにしてはデザインが近代的なのが気にかかるところではある。パチモンじゃねえだろうな。どっちにせよ、やることは決まっている。このカメラで土方を撮る。それで土方が呪われでもすれば万々歳だ。
 と、いうわけで。
 
「土方さん、はいチーズ」
「!?」
 
 写真を撮ってもいいですか、なんて馬鹿正直にうかがいを立てたりはしない。そんなことをすれば警戒して撮らせてくれないことはわかりきっている。だから問答無用に顔を合わせるなりシャッターを押した。
 出会い頭にいきなり写真を撮られ、理解が追いついていないらしい。間抜けな症状のまま土方さんは硬直している。そうしている間にポラロイドカメラからはじりじりと写真が吐き出された。
 ポラロイドカメラの特徴は、撮影した直後に写真が現像されることだ。だが写真の出来をすぐに確認することはできない。吐き出されたばかりの写真は一面が真っ黒で何も映ってはいない。ここから少し時間をかけて暗闇が晴れていき、先ほど撮ったものが姿を現すのだ。この時間差がもどかしいが、呪われていたのはこのポラロイドカメラだけだったのだから致し方がない。それに呪いが効くかどうかに写真の出来は関係ないだろう。
 とはいえ、どんな間抜け面がおさまっているのかは気になる。少しでも写真が浮かぶのが早くなりはしないだろうかとぱたぱたと振ってみる。だが一向に変化はない。
 
「っ、いきなり何しやがる!」
 
 ここでようやく土方さんが我に返ったらしい。そんなに反応が鈍くて真選組副長が務まるんですか。これを機にその座を俺に譲れよ土方。
 
「おい、なんか不穏なこと考えてんだろ」
「ちっ。考えてませんよ失礼な」
「舌打ちしたよね!?」
 
 人の些細な行動に逐一因縁をつけてくる。こういうみみっちいところは昔から変わりがない。不穏だなんて失礼な。俺はいつだってこの野郎を副長の座から引きずり下ろすことばかり考えている。上に不満があるのならそれに取って代わろうとするのは至極当然のことだろう。まあ、この人の立場からすると不穏な考えということになってしまうのだろうが。
 
「別に深い意味はありませんよ。たまには写真を撮るっていうのも楽しいんじゃないかと思いまして」
「……いや、絶対嘘だろ。何企んでやがる」
 
 ノータイムで疑惑の目を向けられてしまった。アンタには人を信じる心ってもんがないんですか。可愛い部下がただなんとなく写真を撮りたくなるのがそんなにおかしなことなのか。全くもって心外だ。
 
「そういう人をはなから疑ってかかる姿勢はよくないと思いますぜ。改善しなせェよ」
「相手がお前じゃなかったら素直に信じてるわ。テメーの日頃の行いが悪いんだよ」
「土方さん、いくら俺のことが好きだからって意地悪して気を引こうってのは幼稚ですよ」
「ポジティブ解釈が過ぎてムカつくんだけど!?」
 
 打てばその分だけ響くのが面白くて仕方がない。何をしようとしていたのかは知らないが、その足は完全に止まっている。ムカつくのなら相手にしなければいい。だがそれができないのが土方さんだ。こういう扱いやすいところは結構好きかもしれない。
 ……なんて考えているうちに、写真の黒画面が薄くなってきた。狙いを定めたので当然ではあるが、写真の中央には土方さんがばっちりと映っている。……ただ、想像していたほどの間抜け面ではなかったのが残念なところだ。突然のことで驚きはしたのだろう。目が大きく見開かれてはいるが変化といえばその程度だ。そもそもの目の大きさがさほど大きくもないのでさしたる変化でもない。面白みに欠ける。が、まあいい。本来の目的は面白写真を撮ることではない。このカメラで土方さんを撮ることができたのならそれでミッションコンプリートだ。あとはどんな呪いが降りかかるかを楽しみに待つだけになる。詳しい話を聞いていないので何が起こるのかは起こってみないとわからない。一体どんなことが起こるのだろう。わくわくとする気持ちを抑えることができない。
 
「っ、でぇ!!」
 
 結論から言うと何かは起こった。だが悲痛な声を上げることになったのは何故か俺の方だった。
 唐突な痛みにわけがわからず飛び上がる。足先に何かがぶつかった。屋内で一体何が降ってくるというのか。痛みで滲む視界で足元を確認する。すると足元には刀が転がっていた。己の刀が腰から落ちたのだと遅れて気づく。腰回りへ視線をやれば腰巻きが見事に千切れている。腰巻きは頑丈でちょっとやそっとで千切れるような代物ではない。記憶の限りでは傷んでいたということもなかったはずだ。それなのに、あまりに唐突過ぎた。
 
「おい、大丈夫か……」
 
 恐る恐るといった様子で声をかけられる。あまりに悶絶しているものだから心配になったんだろう。お優しいことで。強がりのひとつでも返してやりたいところなのだが痛みがまだ引ききっていない。今口を開くとおかしな呻き声になってしまいそうだった。そんなみっともない姿は晒せないので仕方なく黙る。あまりの痛みにじわりと涙まで出てきた。俺が何をしたってんだ。
 
「…………あ」
 
 誰に向けていいのかもわからない恨みつらみを募らせていたところで、ふと気づいてしまった。可能性の話だ。
 呪いのポラロイドカメラを使うと呪いが降りかかる。骨董品屋の親父はたしかにそう言っていた。だが俺がたしかに聞いたと言える内容はそれだけだ。俺はてっきり撮られた奴が呪われるものだと信じ込んでいたが、実際は撮ったほうが呪われるのかもしれない。それなら俺に急に襲いかかった不幸も理解ができる。しかしそうだとするならこんなところで悶絶している場合ではない。
 
「ほ、ほんとに大丈夫か…? どこ見てんだオイ」
 
 やけに動揺した土方がおろおろとしているが、構っている場合じゃない。早急にやるべきことがあった。
 
「……ちょっと野暮用思い出したんで出てきます」
「は? いや、お前今日普通にこれから仕事……無視か! 上司に堂々とサボり発言か! オイ!」
 
 細かいことをぎゃんぎゃんとうるさい土方は無視して、ぐるりと進行方向を反転させる。目指すはあの胡散臭い骨董品屋だ。今にも傾きそうな様相だったが、まさか昨日の今日で潰れたりはしていないだろう。
 口ではあれこれと言ってくるくせに、強引に引き留められることはなかった。動揺が尾を引いていたのかもしれない。理由はなんだっていい。邪魔をされないのならそれでよかった。
 迷うことなく骨董品屋を目指す。その道中、靴の中には鋭い小石が入っていて、道端では犬の糞を踏んだ。車に轢かれそうになったり、夫婦喧嘩で投げ飛ばされた植木鉢があわや直撃しそうになったりととにかく散々だった。そこまで色々とあればもう疑いようはない。
 どうやら呪われたのは俺の方らしかった。
 
 
 
 
   ◇ ◇
 
 
 
 
 あれから骨董品屋の親父にあらためて話を聞いて色々とわかったことがある。俺の推測通り、呪いのポラロイドカメラは撮られた方ではなく撮ったほうが呪われる仕様だ。呪われるとその呪いを解除するまで半永久的に不幸に見舞われる。その不幸というのは本人の持っている運に左右されるようで、箪笥の角に小指をぶつける程度で済むこともあるし命を落とすこともある。
 で、肝心なのは呪いの解除方法だ。胡散臭い霊媒師やら陰陽師やらに頼ってどうにかなるもんでもないらしい。幸い、方法自体はそう難しくはない。呪いのポラロイドカメラを使い切ってしまえばいい。
 だが問題もある。ポラロイドカメラを使い切ってしまえばそれで終わりなのだが、何を撮ってもいいわけじゃない。というか、そのへんの適当なものでは写真を撮ろうにもシャッターが下ろせなかった。ボタンが錆びついたようにびくともせず、写真を撮ることができなかった。なんでも、呪われた奴が強い関心を示すものしか撮ることができないのだと言う。親父にその説明を聞いたときは悪い冗談でも聞かされている気分だった。
 対象に強い関心を持っているという条件は最初に撮ったものにも適応される。つまり最初に撮ったそれを撮り続ければ呪いは容易く解けるというわけだ。だが俺にとってはそれこそが問題だった。ーー土方なのだ、俺が撮ったのは。
 
「……で、今日はなんなんだ。急にいなくなったと思ったらまた人にべったりつきまといやがって。ストーカー属性は間に合ってんだよ」
「どっかのゴリラと一緒にしないでくだせェ。例えるなら俺はそう、子鹿を狙うチーターでさァ」
「せめて成体の鹿にしろや。なんで子鹿だ」
 
 自分が狙われる側だという自覚はあるらしい。というかまあ、ここまで露骨だと気づくか。
 結局あれから色々と試してはみたのだが、一度もシャッターは切れなかった。俺が他に強い関心を確実に示すものといえば近藤さんくらいのものだろうが、あの人は今日も元気にストーキング中で連絡が取れない。いつ戻ってくるのかもよくわからない。あの女に殴り倒された上に生き埋めにされかけて数日戻らなかった、なんてこともある。近藤さんが戻ってきてからでもいいかー、なんて呑気にしていられるような状況でもない。これまでも何度か命の危機を感じる瞬間があった。一刻も早くに呪いを解く必要がある。
 呪いのポラロイドカメラについては土方さんには一切なんの説明もしていない。だから俺がばしばしとこの人の写真を撮りまくったところで、せいぜいが不審に思われる程度のものだ。そうわかっていても、何より自分自身が納得できない。呪いのポラロイドカメラで撮れるものは強い関心を持っているものだけだ。つまり、それは俺がこの男に執着しているという証拠になる。
 この男に妙にこだわっていることは癪だが認めよう。しかしそうやって渋々認めるのと、否応なく突きつけられるのはまた違う。だがそんなことに拘泥している場合でもないのも事実だ。これまでは己の運と運動神経で死は免れてきたが、いつ決定的な呪いが降り掛かってくるともしれない。こんな状態のまま眠るわけにはいかないので今日中に解決する必要がある。そうなるといよいよ他に手立てがなかった。
 嫌で嫌で仕方がない。だが、言っている場合でもない。今は誰にも気づかれてはいないが、知れれば面倒だ。呪いの詳細が知られるようなことになればいよいよ土方を撮ることなどできなくなる。どうするべきか。悩むまでもなくそんなことは決まりきっていた。選択肢はひとつしかない。
 
「うぉっ……また写真か。何がしてーんだお前」
 
 流石にここまで露骨に存在を主張している状況で、気づかれずに写真を撮るのは無理だ。できるだけこっそりかつ手早く済ませたつもりだったが、それでも土方さんには不審な目を向けられる。
 写真は、普通に撮ることができた。他のものを撮ろうとした時はぴくりとも動かなかったくせに、指先に僅かな力を込めるだけであっさりとシャッターを下ろすことができた。予想できていたことではあるが、面白くない。これではまるで俺の執着しているものはこの人くらいしかないようではないか。
 実は俺が撮ったのは土方ではないのではないか。そんな淡い希望を捨てきれずに、真っ黒な写真を目を凝らして見つめる。じわじわと浮かび上がってきた写真にはぼんやりではあるが、たしかに土方さんが映り込んでいる。
 
「ちっ!」
「人のこと勝手に撮っておいて舌打ちとはどういう了見だ!! オイコラこっち見ろ!」
 
 俺の態度が気に入らないのか土方が噛み付いてくるが無視だ。俺の状況を説明してやる気はない。説明するどころか、誰にも気づかれることなくさっさと終わらせてしまわなくてはいけない。そうでなければ俺のプライドが死んでしまう。
 立て続けにシャッターを押せば、ようやく土方さんが警戒を見せる。これは異常だと、勘で察知したようだがもう遅い。それに直接害はないのだからそう構える必要はない。
 
「別にたいしたことじゃねェですよ。藁人形に貼り付ける用の写真撮ってるだけで」
「それなら仕方ねえな、とでも言うと思ってんのかテメー!! その写真寄越せ!」
「嫌でィ」
 
 写真を奪おうと伸ばされた手から逃げる。仕事をほっぽり出して追ってくる土方さんを躱しつつ、さりげなくシャッターを切る。吐き出された写真は黒く、何が映っているのかはわからない。だがシャッターを切れた異常は土方の野郎がしっかりと映り込んでるのだろう。そう想像すると眉間に皺が寄ってしまうが、後方から追ってくる土方さんに気づかれることはなかった。

呪いのポラロイド

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