※R18
女体化沖田×土方



 障子を勢いよく開け放った時の擬音として相応しいのは「すぱん」だと思う。真選組屯所は出入り口のほとんどが障子や襖で統一されている。その中で粗野な男共が暮らしているものだから各所ですぱんすぱんと賑やかな音が聞こえてくる。
 そこまではまあいい。かくいう自分もそうして雑に障子を開けがちな奴の一人だ。自分を棚に上げて他の奴等に静かにしろとは言わない。だが度が過ぎていれば話は別だ。
屯所内に、とびきり乱暴に障子を開け放つ奴がいる。普通の場合は擬音が「すぱん」だとするならその音をさしづめ「ずばん」といったところか。
 とにかくうるさい。その音によって強制的に起床する羽目になるのはよくあることで、今日はそんな珍しくない日のうちの一日だった。

「総悟ォォ!てめっ、いつまで寝てやがんだ!」

 ずばん、と障子を開けて俺の部屋へ踏み入って来たのは土方さんだ。俺はまだ布団の中なわけだが、わざわざ目で確認するまでもなく断言できる。
 どうして怒鳴り声で強制的に目覚めさせられなければいけないのか。土方など無視して二度寝を決め込んでしまいたいところだがそういうわけにもいかない。この後の展開は容易に想像できる。土方さんの手が布団へかかってーー

「……何すんでィ」
「うるせえ。シカト決め込んでんじゃねえぞ。朝礼がない日だからってサボってバレねえと、で…も……」

 勢いよく布団を剥ぎ取って怒声を直にぶつけてくる。シンプルにうるさい。朝からそんなに興奮していたら一日保たないんじゃないですか。なんて返してやろうかと、渋々土方さんを見上げた。

「……なんです?」

 土方さんの様子がおかしい。先ほどまで次々に飛んできていた怒声が止んだ。すべてを吐き終わったというわけはなく、なんらかの衝撃があって次ぐ言葉を忘れたような、そんな様子だった。
 土方さんの視線は俺に向けられたままだ。だが土方さんが何に驚いているのかはわからない。俺は普通に布団の中で眠っていただけだ。驚かせるようなギミックは仕込んでいない。
 何もわからないまま一方的に驚かれるというのはあまり気分のいいものではない。なんだというのか。すごい寝癖でもついていたか。
 その程度でここまで驚きはしないだろう。そう思いつつも心当たりがそれくらいしかない。ひとまずそれを否定するためにも己の髪へと触れた。

「……ん?」

 触れてすぐに違和感があった。髪が、異様に長い。俺の髪は肩にかからない程度の長さだ。だが手を降ろしていけばどこまでも髪の上をするすると滑っていく。目で確認してみれば、髪は胸のあたりまで伸びていた。それに気づくと別の箇所もおかしいことに気づいた。まず気づいたのは胸だ。
 胸が、膨らんでいる。胸筋が一夜にして異常に発達した、というわけでもなさそうだ。触れてみると柔らかい。これは脂肪の感触だ。

「……あり?」

 おかしい。そう気づいてしまうと、そういえば声もおかしい気がする。俺の声はこんなに高かっただろうか。
 髪が伸びて、胸が膨らんで。心なしか身体全体も細くなっている気がする。これはアレだ。もしかして、もしかするやつだ。それを確かめるために寝間着の中に手を潜り込ませた。
 股ぐらに手を突っ込んで、自分の身体に触れる。いつもならそこにはもっこりとした膨らみがあるはずなのだがーーーない。

「……またデコボッコ教がなにかやらかしたんで?」

 間違いない。俺の身体はどうしたことか女の身体になっている。それは認めよう。初めてのことでもない。慣れている、というのもおかしいが初めてのことでもないのでそこまでの動揺はない。
 しかし前回の元凶はデコボッコ教なる異星の宗派だった。そいつらに関しては片をつけたので同じことが繰り返されることはないはずだ。だがもしかすると残党が悪さをしているとか、そんなことは考えられるかもしれない。

「……いや、そんな話は聞かねえな。だいたい、それならお前だけってのも変だろ」
「アンタはなんともなさそうですしね」

 前回の土方さんは女になった上に背が縮み、全体的に丸みのあるフォルムになっていた。だが今回はそういった変化は見られない。土方さんは変わりなく土方さんのままだ。
 最初の驚きようから察するに誰かの性別が変わったなんてことは起こっていないんだろう。もしかするとあるのかもしれないが、少なくとも土方さんが把握できる範囲にはない。俺だけがまたおかしなことに巻き込まれているのか。

「お前、昨日は非番だったろ。何してた」

 寝こけて一向に出勤してこない俺を怒鳴り飛ばしにきたんだろうが、そんなことはすっかり忘れているらしい。まあ、怒られないに越したことはないのでそこは指摘しないでおこう。
 確かに昨日は休みだった。だがこれといって特別なことはしていない。

「何って、普通ですよ。落語聞きに言って、そしたらそこに来てたおっさんと仲良くなってそのまま飲みに行ったくらいです」
「そのおっさんの身分がわかるもんはねえのか」
「それが思い返してみると名前すら聞いてないんです。それに飲んでる間にどんどんおっさんが増えていってどんなおっさんと飲んだかもはっきりしねェ」
「……」

 土方さんが無言で呆れている。真選組幹部としての自覚を持ってもっと日頃から慎重に行動しろだとか、そんなことを言いたいんだろう。だが俺以上に知らない奴とほいほい仲良くなる人がいるのを知っている。我らが大将だ。
 俺にそう小言を言うのであればその人にも同じように注意を促さなくてはいけなくなる。誰とでもすぐに打ち解けられるというのは基本的には長所だ。というかあの人の場合、注意したところで直るものでもないだろう。あの人のああいうところをこの人は結構好ましく思っているのも知っている。だから口を噤んだ。その件に関しては今後も度が過ぎない限り、お咎めはないだろう。

「じゃあ行った店は覚えてんのか」
「ええ」
「調べさせるから梯子してたんなら全部挙げろ。……そこでなんか怪しげなものとか食ってねえのか」
「……特に心当たりはねェです」

 強いて言うなら異星産の酒をいくらか飲んだ。そこにおかしなものが混じっていないとは言い切れない。だが飲んだだけで性別が変わる、なんて危険な酒があれば店側はすぐに気づくだろう。そんなものを取り扱い続けているとは考えにくい。しかし口にしたものが問題ないとすればいよいよ心当たりがなかった。
 あの日、酔っぱらいはしたものの意識はしっかりあった。酔いに乗じて怪しげなものを盛られたというのは考えにくい。所詮酔っ払いの記憶なので絶対とは言えないが、それだっておっさん共を片っ端から見つけ出して素性を調査しなければわからないことだ。
 一番隊隊長が女になったなど口外できるものでもないだろう。まさか俺が直接調査をするわけにもいかない。秘密裏に調査しなければいけないことを考えると適任なのは山崎あたりか。あれでいて忙しい男なのでこれ以上仕事が増えるのは少し哀れだ。

「……まあいい。ひとまずそのままってわけにもいかねえだろ。下着は……もう捨てたよな?」

 視線が胸に注がれる。
 己も女になったことがあるからか真っ先にブラジャーの心配をしてくれているらしい。たしかにこの大きさでは着けていないと動き辛い。必要ではある。

「真っ先に言うことがそれですか。キモ……」
「あァ!?」
「冗談ですよ。女装趣味はねェんで俺は捨てましたけど、誰かしらまだ持ってんじゃねェですかね」

 女になったことがあるのは俺や土方さんだけではなく、真選組隊士全員だ。あの時に女として必要なものは一括で買ったし回収は特にしていない。だから未だに屯所の各所には化粧品が転がっていいたりする。数を当たればブラジャーを保管している奴だっているだろうし、サイズが合う奴もいるかもしれない。駄目なら適当に誰かをランジェリーショップに送るだけだ。

「他人が使った下着つけんのか」
「ブラジャーだけなら別にいいでしょ。流石にパンツは買いますよ」

 パンツの共用は流石にぞっとする。そこまで頓着しない奴だと思われるのは心外だったのでそれだけは主張した。だがいまいち土方さんの理解は得られなかったらしい。

「……そーかよ」

 なにか言いたいことはあるのだろうが、どれも結局言葉にはせずに投げやりな相槌で蓋をする。その様にツッコミを入れてやりたい気持ちはあったが、今は自分のことで手一杯だ。初めてのことではないとはいえ、そうあることでもない。やることは山積みだし、変化に慣れるには少し時間が必要だ。
 くあ、と欠伸を噛み殺す。その拍子に長くなった髪が流れ落ちて頬へとかかった。こうして下ろしたままでは邪魔になってしまう。結わえておく必要があるが、手元に髪紐はない。それも早めに調達しなければいけないだろう。あとは、足りないものはなんだろうか。同じような経験をしたことがあるというのに細かい記憶は既に曖昧になり始めていた。







 事の原因は意外と早く見つけ出すことができた。結論から言ってしまえば原因は昨夜口にした異界産の酒だった。
 店主の名誉のために説明しておくなら。その酒自体に問題はなかった。地球人が飲んでも無害で、輸入ルートやらの手続きもすべて問題がなかった。それでは何が悪かったのかというと、飲み合わせだ。
 別々の店で取り扱われていた異星酒Aと異星酒Bは時間をあけずに飲んでしまうと飲酒した者の性別を変えてしまうというなんとも信じがたい副作用があった。どちらもマイナーな酒だったので店主はそれを知らなかったのだろう。悪意はなかった。それに全く接点の別々の店で取り扱われていたのだから非もないはずだ。今回はただ運が悪かった。強いていうなら梯子をするほど呑んだくれた俺が悪い、ということになるか。
 幸いにして、その意図せぬ副作用は一週間前後で消えて元の姿に戻れるらしい。だが個人差があるので正確な日程までは断定できないとのことだ。そのため、元に戻るまでは極力外出は控えて屯所内でできる仕事のみを行うことに落ち着いた。
 往来でいきなり元に戻って猥褻物陳列罪で逮捕、なんて醜態を避けたいのはわかる。俺だってそんなものはごめんだ。だからその決定の理由はわかっているのだが、それでも素直に受け入れられるのかというのはまた話が別だ。
 屯所内でできる仕事となれば主になってくるのは当然デスクワークだ。正直言って苦手だ。それならまだ平和なかぶき町を無意味に見回っていた方がいくらかマシだと思う。何事にも向き不向きはある。俺は特に書類仕事には向いていない。非常事態なのだから元に戻るまでは仕事を休んでもいいのでは、とうかがいを立てたりもしたのだが人手不足を理由ににべもなく却下されてしまった。真選組は離職率と殉職率がそれなりに高いので慢性的に人手不足だ。そう返されるのは予想していた範疇ではあった。だが予想していたから受け入れられるかというのはまた話が別だ。
 慣れない仕事でストレスが溜まっているのが自分でわかる。このままではいけない。なんとかしなければ、と。

「というわけでお願いがあるんですが」

 土方さんの部屋にやってくるなりそう告げれば、訝しげな視線を返された。それもそうだ。あれこれと前置きはしたが、どれも俺の心の中でのみ展開していた話だ。土方さんからすれば「というわけで」から始まっているのだから何が何やらさっぱりわからないのだろう。困惑するのも無理はない。無理はないとは思うが、説明してやる気はなかった。

「お前のお願いはろくなもんだった試しがねえ」
「俺のお願いなんざ可愛いもんでしょう」

 そろそろ眠ろうかというタイミングだったのだろう。部屋には布団が敷かれ、服はラフな着流し姿に変わっている。まあ、もう仕事は終わっているだろうと踏んでの訪問なので問題はない。仕事中なら問答無用で追い出されていただろうが、この時間なら少なくともすぐに追い出されはしないはずだ。
 読みが当たったか、出て行けとは言われなかった。胡乱な目は向けられているが、それはいつものことだ。今度は騙されないとばかりに警戒を剥き出しにしている。そのくせいつもあっさりと口車に乗ってくれるので今回もあまり心配はしていない。他人の目を気にしなくてもいいよう、障子を静かに閉じる。

「俺とアンタは付き合ってんですよね?」
「……あ?」

 何言ってんだコイツ、と顔に書いてある。
 俺がありもしない妄想の話をし始めたから、というわけじゃない。急にそんなわかりきったことをなんのために持ち出してくるんだ、からくる『何言ってんだコイツ』だ。現に土方さんから返ってきたのは肯定だった。

「それがなんだってんだ」

 厳密に言うと肯定ではないが、この場合否定しないのは肯定と同じだろう。この人にはこういう面倒臭いところがある。
 何がどうしたことか、俺とこの人は付き合っている。経緯については長くなるので割愛する。今はその事実だけで充分だ。その前提がなければ今回のお願いは成り立たない。

「付き合ってるならキスするのもセックスするのも当たり前でしょう」

 実際、キスもセックスもしたことがある。気分とタイミングが合えば、別に特別なことでもない。だから土方さんがますます訝しげな顔をする。そんな当たり前のことを確認して一体どうしようというんだ。そんな警戒が刻々と強くなっているのがわかった。まあ、その警戒は間違っていない。俺のお願いは土方さんにとっては喜ばしいものではきっとないだろう。
 土方さんとの距離を詰める。一歩、また一歩と詰めて、距離はあっという間に鼻先が掠めるほどまでになった。あまりに近い。だから土方さんは怯む。なんの意図もなくこの距離はないだろう。何をしようとしているのかはまだわかっていないらしい。だから警戒する。だが逃げ出そうとしないあたり俺を信じているのか、なめているのか。

「つまり、夜這いしに来たんです」

 察してもらうのは無理そうだったので素直にそう白状した。その瞬間の土方さんの表情と言ったら見ものだった。かっと目が見開かれ、あんぐりと口が開け放される。隙だらけだ。
 口から出任せでないことを証明するため、開放的なその口に己の唇を重ねた。
 唇なんて性別が変わったところで変化はないと思っていたのだが、男の時よりもやや小さくなってしまっているらしい。相対的に土方さんの唇が大きく感じられた。

「おまっ……! 今は女だろうが!」
「女だからセックスしちゃいけないなんて決まりはないでしょうよ」
「いや、そもそも今はできねえだろ」

 困惑した言葉が返ってくる。土方さんの考えていることはだいたいわかる。
 土方さんとセックスする時は俺が突っ込むほうで、土方さんが突っ込まれる方だ。そこに落ち着くまでも何かと揉めたのだが、今はそれで落ち着いている。

「ちんこがねえんだからセックスできねえだろって言いたいわけですよね」
「……まあ、そうだな。俺がお前を抱くってのも、今の身体じゃ問題だろ。万が一があった場合、どうなるかわかんねえしな」

 うっかりガキができてしまった場合の心配をしているんだろう。避妊具を使えばおおかた回避はできるが、絶対ではない。ガキができてしまった場合、元の姿に戻った時に腹の中のガキはどうなってしまうのかわからない。
 可能性は限りなくゼロだとしても、そういった危険がある以上はこの身体を活用するわけにはいかなかった。それは俺だってわかっている。そもそも、今は女の身体だからといって抱かれるなんて冗談じゃない。ガキの問題がなくともそんなものは最初から論外だった。
 俺が抱かれるのはナシ。その形でしかセックスができないというわけではない。頭を悩ませる必要はない。答えは既に先人たちが見つけ出してくれている。

「そもそもアンタに抱かれようなんて気は更々ねえんで安心してくだせェ。別に難しく考えることはないんです。女が抱く側に回りたい時、どうしてるか知ってます?」

 同じようなことを考える奴がもう世の中にはとっくに存在している。俺はただそれを真似るだけで良かった。
 ここまで言えばほぼ答えを言っているようなものだ。だが土方さんはいまいちぴんと来ていないらしい。まさか本当に知らないわけではないだろう。ただ思い当たっていないだけだ。カマトトぶっている、というわけでもなさそうなので答えを焦らすのはやめておこう。
 一旦土方さんから距離を置いて、押し入れへと手を伸ばした。普段は土方さんの部屋の押し入れなどに用事はないが、今回は特別だ。この展開に持ち込むつもりで押し入れにはある仕込みをしてあった。
 勝手に部屋を漁ることに関して土方さんからのお咎めはない。別に許しているわけでもないんだろうが、俺が土方さんの私物を無許可で弄るのはよくあることだ。怒らないというよりは、諦められているという表現が正しい。まあ、細かいことはなんだっていい。邪魔をされないのならそれで良かった。
 押入れの奥、あらかじ隠していたあるものを引っ張り出す。小さな箱だ。今日、土方さんが席を外している隙に仕込んだので気づいてはいなかっただろう。それは一体何だ、と言いたげに眉間に皺が寄る。考えていることが筒抜け過ぎはしないだろうか。
 口で説明するよりも実際に見る方が早いだろう。そう判断してその視線に応えることはなかった。代わりに引っ張り出した箱を土方さんの前へずいと押しやる。遠目ではそれがなんだったのかまではわからなかったのだろう。正体を確かめるべく、箱に目をやる。それから再び目を見開いた。

「おまっ…! これ……っ!!」

 箱自体はシックなデザインで、ともすれば高級な腕時計か財布でも入っていそうな雰囲気だ。だがそうではないことを知っている。
 蓋を持ち上げて中身を開示する。そこに入っているものはひとつではない。中身のメインは固定ベルトだ。腰に嵌め、脚にもぐるりと巻き付いてしっかりと下半身に固定できるようになっている。もちろん、ただベルトを巻きつけるだけが目的ではない。ベルトの股間部分には不自然な窪みがある。そこに同封されているディルドを装着するわけだ。

「ペニスバンドです」

 女が抱く側に回るとなると、ちんこを持っていないというハンデをどうにかして補わなくてはいけない。そのために生まれたのがペニスバンドだ。結局道具を使うならわざわざ腰につけることはないのでは、と思うかもしれないがヤっている感がだいぶ違うと思う。

「ちゃんと俺のと同じくらいのサイズのやつ選んだんで入りますよ」

 そういえば意外なことにこういった道具を土方さんに使ったことはなかった。遊び半分で縛るくらいはしたが、それで充分満足できていた。まあ、扱いが特殊なものでもないので初めてだからといって失敗することもないだろう。問題なのは土方さんをどうなだめすかすかだ。

「……こんなもん使ってもお前は気持ちよくならねえだろ」
「ちんこ扱いて出すもん出すだけが気持ちいいことじゃねェでしょ。アンタが俺の手でぐちゃぐちゃのどろどろになってくのを見てるだけでも最高に興奮できる自信があるんで心配いりやせん」
「悪趣味だな。そもそも、そんなひでえことになった覚えはねえしなる予定もねえ」

 土方さんはいつだってぎりぎりのところで踏み留まっているつもりらしいが、俺から見ればそうでもない。言葉にこそしないが漏れ出る声が、跳ねる身体が、蕩ける目が、快楽に溺れているのだと伝えてくる。まだ大丈夫だと思っているのは本人だけで、とっくに陥落しているのだと俺はわかっている。だがまあ、認めたくないのなら今はそこを指摘するのはやめておこう。意固地になってセックスを拒否されても面倒だ。

「そうですかね。……まあ、別に無理強いする気はねェんです。一番したいのはアンタですけど、絶対にアンタじゃなきゃいけないってわけでもない」
「……あ?」

 おたおたと慌てていた土方さんの様子が変わった。俺の発言の意味を理解したわけでもないのだろうが、聞き流してはいけないことには気づいたらしい。そうでなくては困る。

「アンタが女の俺に抱かれるなんて絶対に無理だってことならいいです。適当な男捕まえて発散してきますんで」

 口から出任せの脅し、というわけでもない。流石にペニスバンドまで使おうとは思わないが、適当な野郎をいじめれば多少は気が晴れるだろう。この身体では土方さんを無理矢理どうこうするのは物理的に不可能だ。説得が失敗すれば代用品で気を紛らわせるしかない。
 土方さんを丸め込むにはただ押せばいいわけではない。適度に引くことも大切だ。それでそのまま終わってしまうのならばそれでも仕方がない。満足とは言えないが、そのまま引くつもりだった。そんなことにはきっとならないと、薄々わかっていたのだが。

「お前……それは、浮気だろ」
「そうですかね?」

 少なくとも俺の基準では浮気にはならない。土方さんは誰かと二人きりで食事に行くのも浮気だと言い出すタイプなんだろうか。そういうことをしたことがなかったのでこれまで気にしたこともなかった。認識の相違というやつだ。俺からすれば、その程度は自分で性処理をするのとなんら変わりがない。土方さんが眉を顰める理由がよくわからなかった。

「突っ込むもんもねェんだし、俺には指一本触らせないんでノーカンでしょ」

 自分の中での一線は越えないつもりなので要らない心配は不要だ。そう説明したが土方さんは納得していないらしい。かと言って素直に抱かれる気配もない。
 押して駄目なら引いてみる作戦は失敗だったらしい。可愛らしくお願いしてみるのも手か?なんて考えたのは一瞬だ。土方さんにはそういう作戦は基本的に通じない。というかなんで俺が媚びてやらなければいけないのか。

「……まあ、嫌ってんならいいです。駄目元だったんで」

 普段の俺に抱かれるのだってこの人は矜持を捻じ曲げて譲歩しているのだということはわかっている。男の俺でもそんな調子なのだから女に抱かれるなんて耐えられないんだろう。女に抱かれて興奮する層は一定数いるが、少なくとも土方さんはそうではない。それを許すには更に譲歩して、プライドを捻じ曲げなくてはならない。この人に取ってそれがひどく難しいことであるのはわかっているつもりだ。だからいくら頼んだところで駄目かもしれないとは思っていた。
 駄目なら駄目で仕方がない。隠していたペニスバンドを持って、おとなしく退室しようとする。だが腰を上げたところでその動きは制されてしまった。

「……なんです?」

 腕を掴まれ、引き止められた。本気で逃げ出そうと思えば手段はいくらでもある。一発不意打ちでも食らわせれば隙ができるだろうし、あることないこと叫んで人を呼んでしまうのも手だろう。だがひとまずはどちらも選ばなかった。引き止めたということは何か言いたいことがあるのだろう。

「駄目元だったって……これからどうするつもりだ」
「それ、さっき言いませんでした? アンタが駄目なら適当な奴を探しますって」

 俺なりにこの人の意思は尊重しているつもりだ。どうしても嫌だと言うのなら仕方がない。だが土方さんが無理だからといって我慢しておくことも難しい。男のときならば一人で抜いて処理すればいいのだが、女の身体ではどうすればいいのかがよくわからなかった。肉体的な満たし方がわからないのであれば精神的に満たすしかない。
 他の奴を代用品に使うにしても一線を越えるつもりはない。ちゃんと俺なりに考えたつもりだ。だが俺の一線と土方さんの一線は違うのだろう。納得できない、と顔にはでかでかと書いてあった。

「だから、それは浮気だろ」
「じゃあどうしろってんですか。何もせずじっと我慢してろって? 俺にばっかり要求するんじゃなくてアンタも多少は譲ったらどうなんです?」

 畳み掛けるのなら今だと思った。これまで総合的に譲歩しているのは土方さんの方だとは思うが、それは今は棚に上げておく。駄目だというのなら、せめて代案を用意してもらわなくては困る。そう主張すれば土方さんの目が泳いだ。

「挿れなきゃいいんだろ。発散したいだけなら手と口で相手してやる」
「可愛い俺にムラッときたアンタが襲いかかってこない保証がねェんで却下です。だいたい、俺はただ気持ちよくなりたいわけじゃないんですって」

 自分の手で思うままに弄んで、堕として、支配した気になって満たされたい。それでは奉仕されるだけでは足りなかった。それに前者の理由も嘘ではない。男は狼なんてよく言われるだろう。俺は女の俺がとびきり可愛くて美人な上玉であることを自覚している。土方さんはごく普通の女好きで、こんな美女を相手にぐらっと来ないとも言い切れない。上京するより前は女を取っ替え引っ替えして遊んでいたのを知っている。そんな人間を信じろというのは難しい。
 この人なりにかなり譲歩しての提案だったんだろう。普段この人は奉仕することを好まない。それを俺がにべもなく却下したことで早くも手詰まりに陥ったようだった。……アンタ、手札少な過ぎでしょう。

「……別に、そんな構えなくてもいつもと一緒ですよ。アンタはただ横になってりゃいいんです。いつもと同じようにイイことするだけでさァ」
「俺が普段マグロみたいな言い方やめろ」

 引っかかるのはそこなのか。みたいも何も、わりとアンタ普段はマグロでしょうよ。そう思いはするものの、口にすれば面倒なことになる予感しかないので指摘はしない。
 いつもと同じ。その言葉で土方さんは揺らいだようだった。身体は女のものになってはいるが俺は間違いなく沖田総悟でしかない。ただいつものように、同じことをするだけだ。

「俺の姿が気になるってんなら目隠しでもしますか?」

 咄嗟の思いつきだがなかなかの名案ではないだろうか。身体が女だということが拒否の理由なのであれば気にならなくなればいいわけだ。
 思いついたからには実行あるのみだ。幸い、アイマスクを常備しているので目隠しのための道具には困らなかった。懐を探り、アイマスクを引っ張り出す。だがそれを実際に土方さんの目に嵌めることはなかった。

「相手してやるから座れ。あとアイマスクしまえ」

 唐突に土方さんがOKを出した。これまでは頑なに拒否する姿勢だったのにこれはどういう心境の変化だろう。

「今の俺に抱かれんのは嫌なんでしょう? それならこれくらいはしといた方がいいと思いますがね」

 目隠しひとつで気が紛れるのならあった方がいいだろう。この人のことなので妙な見栄を張っていらないと言っている可能性がおおいにあった。
 そんな気遣いの元食い下がってみたのだが、結果土方さんの眉間にはいつになく深い皺が刻み込まれてしまった。

「お前の前でそんな無防備な真似できるか」

 ……俺の記憶違いでなければアンタはこれまで散々、俺の前で無防備な姿を晒していたと思う。というかセックス自体、相手に多大な隙を見せる行為だと思うんですが。
 土方さん的には違うんだろうか。聞いてみたい気もするが、藪をつついて蛇を出してしまいそうな気もする。少し悩んで、結局問うのはやめておいた。
 しかしここに来て急にこれまでの意思を翻したのは気にかかる。何かきっかけがあったのだろうか。思い当たることはあまりない。

「……もしかして他の奴のところに行くって言ったから気が変わったんで?」

 脅し文句のつもりで使いはした。だがそれがこの人に効くとは正直なところ思っていなかった。
 こうして俺と付き合っていることだってただ押しに負け続けているだけかもしれないという危惧が未だある。土方さんの口から好きだの愛してるだのといった台詞を聞いたことがなければ、誰に対して嫉妬したり独占欲を見せたこともない。だから浮気をしてやると脅したところでたいして関心を示さないだろうと踏んでいた。だが存外そんなこともなかった、ということだろうか。
 まさかそんなことがあるわけがない。だが他に思いつかない。半信半疑のからかいじみた確認は、土方さんによってあっさりと肯定された。

「堂々と浮気宣言されて大人しく送り出せる奴がいんのか」

 非常に不本意です、と言わんばかりの顔で言うのはどうかと思うが、まあ今回は見逃してやることにしよう。

「だから浮気のつもりはねェんですって」
「それはお前の中での話だろうが。お前がどう思おうが俺が浮気だと思ったら浮気なんだよ」
「……そんなこと言い出したらアンタもほぼ毎日浮気してることになりませんかね」
「……あァ?」

 だってそうだろう。いくら付き合いの長い友人とはいえ、いくら敬愛する上司とはいえ、俺よりそっちを優先して心を傾けるのは浮気ではないのか。

「俺がいつ浮気なんてした」
「なんでもねェです。ほら、さっさとやることヤりましょうや。誰かに見られんの嫌でしょう?」

 こんな姿で外に出るわけにもいかない。そうなるとここでヤるしかない。俺の部屋も候補のひとつではあるが、立地的に土方さんの部屋のほうがいくらか人通りが少ないはずだ。時間も時間なので余程のことがない限りは訪ねてくる奴もいないと思う。それでもいつ誰が来て邪魔をされないとも限らない。
 そんな危うい状況に身を置いていることに指摘されてようやく思い至ったらしかった。先の発言に対して何か言いたげにはしていたが、むっつりと口を噤んだ。それでいい。うっかり口を滑らせたことにいつまでも食いつかれてはたまらない。

「……ま、アンタの心境なんてどうだっていいです。その気になったならそれ充分なんで」

 言うなり土方さんの肩を押して後ろへ倒す。ちょうど布団を敷いてくれていたおかげで準備の手間が省けた。いくら面倒だからといって畳の上でヤるのはできれば避けたい。
 全体的に俺にとって都合のいいシチュエーションだ。布団だけでなく、寝る直前だったこともあって土方さんは着流し姿だ。着流しは脱がせるのが楽でいい。
 胸元に手を滑り込ませ、内側から着流しをずり落とす。たった数秒で上半身が露わになった。着流しの下に潜り込ませた手はそのまま降ろす。緩く閉じ合わされた着流しを割るように左右に開いていく。
 普段それほど露出する方でもないので秘された場所も肌色はたいして変わりがない。元の肌色がそれなりに黒いので無理に焼く必要もないのだろう。そういった点では土方さんのことを羨ましく思う。俺は地肌が白いのでどうにもなめられがちだ。日焼けしていないからといって軟弱な奴だと判断するのはいささか短絡が過ぎるだろうに。

「……おい」

 剥き出した肌を撫で回していれば不満げな声がぶつけられた。何事かとそちらに目をやれば、土方さんが真っ直ぐにこちらをにらみあげている。人相が悪いせいで睨んでいるように見えるのはよくあることなのだが、今回は誤解でもなく間違いなく睨まれてた。何をしたわけでもないのにそんな目を向けられるのは心外だ。

「なんです?」
「さっさとやるんだろうが。遊んでんじゃねえ」

 何を苛立っているのかと思えば、そんなことか。時間がないと急かしたくせに当の本人はのんびりとしている。それで苛立つというのはわからなくもない。
 だがそれだけでこんなにすぐに抗議をぶつけてくるほどこの人は短気だろうか。土方さんは我慢がきかず、気が短い。それは知っている。だが今までも同じようなシチュエーションになったことはあった。最終的な結果を言えばやはり今のように文句を口にはしていた。だがもう少し我慢がきいていた気がする。
 女の俺に組み敷かれているという状況が余程面白くないのだろう。そうやって不機嫌を撒き散らしたところでこちらはただ楽しいばかりなのだが、もしやそこまで理解した上でのサービスなんだろうか。……というのは勿論冗談だ。この人にそんなことができるような器用さが備わっているとは思えない。浮気されたくない一心で要求を飲んでみたものの、やはり面白くない。そんなところか。

「はあ、そんなに突っ込まれたくて仕方ねェんで?」
「んなっ……!?」

 わざと曲解してみれば、これ以上ないほどに目が見開かれる。そんな気は微塵もなかったのだろうが都合よく捉えるならそういう解釈もありだろう。
 俺に揶揄されてようやく己の発言の危うさに思い至ったらしい。土方さんらしいと言えばらしい。そうやって迂闊でいれくれてこそからかい甲斐がある。

「んなわけねえだろ! オメーがやりたいって言うからこっちは仕方なくだな、」
「あー、はいはい。そういうことにしとくんで大丈夫ですよ」

 そうやって焦って否定したところで俺が楽しくなるだけだということには気づかないんだろうか。類似のやり取りは何年も延々としているのでそろそろ気づいてもよさそうなものではある。だがまあ、楽しめるうちは最大限楽しみたいので気づかないうちはそのままにしておこう。
 熱い要望にお応えして、手を下へと滑らせていく。腰より下へ到達すると、これまでとは違った布地jに触れた。ボクサーパンツだ。上京前は褌を締めていたものだが、昨今ではすっかり異星から持ち込まれた文化に染まりきっている。かく言う俺もトランクス派に転向したのでこの人のことはどうこう言えないが。
 既存の文化が廃れていくのは嘆かわしい、なんて年寄りじみたことを言う気はない。異星の文化、結構だ。このシチュエーションに限って言えば脱がせやすくていい。
 指を這わせ、肌とパンツの間に潜り込ませる。そのまま手を下へ落としていけば、手に引っかかったパンツもそれにひきずられてずり落ちていく。脱がせるのはとても簡単だ、難点があるとすれば脚をくぐらせなければ完全に脱がせることができない点だろうか。
 そんなことを考えながら、パンツを引き抜いてしまう。抵抗はない。大人しくされるがままになっている土方さんというのは絵面としては少々面白い。そんなことを言えば土方さんが一層不機嫌になるのはわかりきっているので口にはしない。
 雑に脱がせたパンツは布団の外へ放ってしまう。それを咎められることはなかった。単にそんな余裕がなかっただけかもしれないがどうだろう。とにかく、ここまでくればもう裸同然だ。
 崩れ、肌に身体にわずかにひっかかるばかりの着流しはもはやなんの役割も果たせてはいない。その素肌に手を這わせる。眉間にぎゅうと皺が寄る。不快だったというわけではないだろう。この人は触れられることに弱い。触れられた拍子に反応してしまいそうになって、それを咄嗟に誤魔化した結果険しい顔つきになってしまったのだろう。
 口に出さずともよく観察していればわかってくることも多い。理由がはっきりしているのなら構うこともない。ただあまりにのんびりしていると耐えかねた土方さんに文句を言われ始めるのは間違いないので遊ぶのはやめておく。
 土方さんほどではないが、俺だってできることなら誰かに目撃されるのは避けたい。近藤さんがキャバクラに繰り出していることは確認済みなので最悪の事態は起きない。それなら多少目撃されるくらいは許容範囲ではないかと思わないこともないが。
 あまり遊んでいては、苛立った末に許可を撤回されてしまいかねない。この人の許容値はだいたい把握しているが予想外の何かを踏んでしまわないとも言い切れなかった。だから今は催促の視線に促されるまま、次の手順へと移っていく。
 男同士でセックスをするのならどうしたって下準備が必要だ。あらかじめ日取りを決めておけば多少は簡略化もできるのだが、今回は土方さんにとっては急なことだった。当然、備えは何もできていないだろう。そうなるとやるべきことはひとつだ。
 土方さんの机を勝手に漁り、ローションを引っ張り出してくる。いざという時にないと不便だろうと勝手に置いていったものだが、捨てられることもなく常駐したままになっている。置いていった直後こそ文句を言われたものだが、必要なものであるということは土方さんだってわかっているんだろう。これを使い切ってしまった時、補充せずにいたら土方さんはどうするのだろう。買ってくるように促してくるとは考え辛い。もしや自分で買ってきたりするのだろう。
 気になりはするがどういった結果になるかわかるのはまだ先のことだろう。ボトルの中にはまだ半分以上ローションが揺蕩っている。先の楽しみが少しでも早くに訪れるように、たっぷりとローションを絞り出す。ぽたぽたと垂れ落ちたローションは腰あたりを伝い、重力のままに流れていく。
 冷たかったのだろう。不快そうに表情が歪んだ。だがきちんとあたためなろなどとは言わない。妙なプライドが邪魔をして言い出せないのだと思う。
 何も言われないのをいいことに、構わずローションをまぶしていく。どろどろと流れるそれは脚を伝い、布団まで到達した。
粘度があるとはいえローションも液体だ。少しずつ布団に染み込んでいくのがわかる。これは寝る前に布団を取り替える必要がありそうだ。
布団が早々に汚れたことに土方さんも気づいた。開いた口から発されようとしていたのは間違いなく小言だ。そこまでわかっていてただ大人しく待っているはずもない。
 すかさず垂らしたローションをいくらか掬い取り、ぬるついたその手を股ぐらへ滑り込ませた。

「ひっ!?」

 まさかそうくるとは微塵も考えていなかったらしい。やることは決まっているというのにそうも油断されているのはどうだろう。そう思いはするが、虚を突けたのであればそれでいい。狙い通り土方さんは口にしようとしていた言葉を一瞬で忘れた去った。正確に言うならばそんな余裕がなくなった、だがたいした違いでもない。小言を言えなくなったのであればそれで良かった。
 早い展開がお望みらしいので遊びはなしだ。滑らせた手はそのまま真っ直ぐに尻たぶの間へと潜り込む。そこにあるものはひとつだ。穴の中へ指を埋め込もうとすれば、拒絶するように強く穴が締まる。初めてのことでもないのにいつも反応は初心だ。
 生理現象だと言ってしまえばそれまでだが、この反応は何より当人の羞恥を煽るのだと知っている。だから疎ましくは思わない。恥じらい、狼狽え、誤魔化そうと慌てふためく。そんな様を間近で観察できるのなら面倒だとは思わなかった。
 拒絶されても挫けず、何度も侵入を試みる。そうやって繰り返しているうちに拒絶は少しずつ薄らいでいって、ついに指を埋め込むことに成功した。

「ッ!!」

 息を呑む音。回数を重ねても異物感は消えないらしい。そんなものなのだろうか。だが制止はなかった。だから構わず指を深くまで入れ込んでいく。
 いつもよりすんなり潜っていける気がするのは女の身体だからだろうか。性別が変わっての変化はちんこの有無や胸の膨らみだけじゃない。全体的に筋肉が落ち、代わりにふっくらと脂肪がついた。至るところが細く絞られ、それは指も例外ではなかった。男の時と比べると骨ばった感じがなくなり、指先も心なしか丸みを帯びたように思う。間違いなく細くはなっている。しかしだからといっていつもより一本多めに突っ込んでおかなくてはいけないだろうかと考えると、それほどではない気がする。

「いつもの指と違ってもの足りなくないです?」

 中身が俺とはいえ、女に組み敷かれている。その事実を人先させるために質問を投げかけた。その瞬間の土方さんの顔といったら見ものだった。
 不愉快。一言で言えばそれに尽きる。俺は認識させたくて堪らないが、土方さんからすれば極力目を逸らしておきたいところだろう。強制的に現実と向き合うことになったのだからたまったものではないはずだ。

「んなもん、わかるかよ」

 無視こそされなかったが返答はかなりぶっきらぼうだ。それが本心なのかは微妙なところだ。だがどっちだっていい。意識するきっかけになったのならそれだけで意味はあった。

「じゃあ、ちゃんと考えてくだせェ。こんな機会滅多にないですから」

 この先俺とうまくいかなくなって。どこぞの女と付き合い始めることはあるかもしれない。だがその流れはあり得たとしても、このシチュエーションに見舞われることはないだろう。主導権を握りたがる女は一定数いる。だが土方さんがそれを許すとも思えない。プライドが高い人なのだ。現状だって何故許容されているのかがわからないところがある。

「まあ、もう一回くらいはうっかり女になったりするかもしれませんけど」

 二度あることは三度あると言うだろう。

「あったとしても二度とごめんだ」

 まあ、アンタならそう言うと思ってました。そういうことならそれこそ二度とない機会だ。

「それじゃあ俺が最初で最後の女ってことですね」

 最初と最後に特別を感じるのは何も俺に限った話ではないだろう。これはもう全人類が共感できる話だ。そう思っていたのに目の前に例外がいたらしい。ふん、と土方さんは鼻で笑う。

「くだらねえ」

 くだらないとは失礼な。理解できないのならそこで終わればいいものを、丁寧に否定まで返してくるあたり性格が悪い。だがまあ、ここは俺が大人になってやることにしよう。この話をこれ以上続けてもおかしな空気になっていくだけだ。だからやめた。代わりに目の前のことへ意識を引き戻す。

「二本目」
「っ!!」

 できるだけ流れるように指を増やした。張り詰めてしまう原因が異物感だけではないことはわかっている。細く小さくなってしまったことで触れられる範囲は狭まってしまったが、それでも充分だ。
 埋め込んだ指を軽く折り曲げて、腹側の内壁を擦る。それに合わせて脚や腰がびくびくと跳ねた。
 最初は尻でなんか感じませんとばかりに涼しい顔をしていたくせに、現在では今にも表情が蕩けてしまいそうなのを必死に押し留めている。この人のこういう頑なさを愚かだと思う一方で好んでもいた。そうやってめいっぱい抗ってくれるからこそ潰し甲斐がある。そういう意味では俺と土方さんはとても相性がいい。そう告げれば土方さんはきっと嫌な顔をするだろうが。だが事実は覆せない。土方さんが意地を張るほどに俺は燃える。被害を最小限にとどめたいのであれば気持ちいいことには素直に反応し、早々に屈服して縋ればいい。それができるような人なら俺はきっとここまではまり込んではいなかったんだろうが。
 態度に可愛げがなくとも身体は素直だ。最初は指一本すら頑なに拒んでいたのに、今では二本の指をずっぷり食らっている。ぐるぐると中を掻き回していればゆとりもできてきたのでもう一本増やす。

「ぁ、ぐ…!」

 汗が噴き出す。眉根を寄せて耐える姿はいかにも苦しそうだが、実際のところは苦痛などほとんどないはずだ。指でピストンの真似事をすれば耐えかねたように視線が横に逸れる。

「ッ! …っふ、ぅ…!」

 元々派手に喘ぐ人ではないが、今日はいつにも増して静かだ。久々だから恥ずかしくなっているんだろうか、なんて考えたところで己の発言を思い出す。

「……それ、息も一緒に止まってません? 少しぐらい声出したって大丈夫だと思いますがね」

 土方さんと付き合っていることは隠してはいない。だが普段人目のあるところでそうだと気取られるような態度も取っていない。結果、この関係は一部のごく限られた者しか知らないわけだ。このまま知られていないままでいたいという気持ちもわからなくはない。それにいくら就業後とはいえ、職場で色事にふけっているというのはいささか外聞も悪い。それはわかるのだがここまで過剰な反応をされてしまうのは面白くない。純粋な心配も一割くらいはあった。それだというのに土方さんは黙殺を決め込む。そっちがそのつもりならいっそ指でも突っ込んで無理やりその口を開かせてやろうか。そう考えたしたものの実行に移すことはなかった。
 口の中に指を突っ込んで無事で済むかは土方さんの機嫌次第だ。今の機嫌は最悪に近い。苛立ちにまかせてがぶりと噛みつかれかねなかった。セックス中に流血沙汰は嫌だろう。
 土方さんの様子が気になりはするが。いよいよ余裕がなくなれば我慢するのも難しくなるだろう。そう判断してひとまずは放置することにした。
 中を掻き回していると小さな呻き声が上がり、身体が跳ねる。茹で上がるようにじわじわと赤らんでいく肌を眺めながらじっとその時が来るのを待った。

「ぃっ…!?」

 中を指で拡げると、土方さんの身体が強張った。それから逸らされていた視線が戻ってきて俺を睨み上げる。

「こうしねェといつまで経っても先に進めねえでしょう」
「……何も言ってねえだろ」
「それくらい言われなくてもわかりまさァ」

 こんなに露骨な視線を寄越しておいて白々しい。だが土方さんは認める気はないようだった。それならそれで構いはしない。
 抗議があろうとなかろうとやることは変わらない。もう一度指を広げてやれば、今度は視線に殺意が乗った。

「……なんです? 言いたいことがあるんならちゃんと口に出してもらわねェと」

 そちらがしらを切るのであればこちらもそうするまでだ。何も主張などしていないと言った手前、苦情をぶつけることができないようだ。これでしばらくは小言が飛んでくることもないだろう。

「……さて、そろそろいいですかね」

 尋ねたわけではない。わかっているのかいないのか、土方さんからの応答はなかった。あきらかに無理な時には反応があるのでこの無言は肯定と捉えてもいいのだと思う。
 ゆっくりと指を抜き去ると、土方さんはぶるりと震えた。抜けていく感覚も結構気持ちがよくて好んでいるようなのは既に知っている。浅いところで出し入れすると反応が面白いのだが、今回はやめておこう。キレた土方さんに蹴りでも入れられたらこの身体で受け止められるか怪しい。
 じっと、土方さんがこちらの様子をうかがっている。いつもと同じなら、流れは決まっている。だが今回はそうではない。どのようにしてこの身体で土方さんを抱くのかは既に説明しているが、それでもやはり気になるらしい。
 視線が痛い。だがそれには気づいていないふりを決め込み、黙々と準備を進めていく。
 最初に手をつけたのは己の衣服だ。土方さんはほとんど裸に剥いたが、自分のことは全く手つかずだった。袴の結び目を解き、上着は肩から落とすように雑に脱いでいく。着流し姿の土方さんと比べると着ているものが数枚多いのでこの人ほどすぐに脱げはしない。だが焦らしてしまうほどでもないだろう。
 服を脱ぐという動作ひとつも興奮を煽る材料になりうる。それはわかっているがあいにく俺たちは相手のストリップショーで盛り上がったりはしない。この工程はただの作業だ。
 ここまで来て怖じ気づいて逃げ出したりはしないだろうな。そんなわずかばかりの疑いで土方さんを見ろしていれば、その様子に変化があった。

「おまっ、なんだそれ」

 ぎょっと目を剥き、俺を見る。……はて、何かおかしなことでもしただろうか。視線の先に目をやるが全く心当たりがない。俺の胸元に何があるというのか。

「おっぱいはついてますが、それはもう説明したでしょう。まさか聞いてなかったんで?」
「聞いてたわ! 馬鹿にしてんじゃねえぞ!」

 流石にそれはないと思ってはいたが、それしか思いつかなった。案の定土方さんは即座に否定してくる。それじゃあ一体なんだというのか。もう一度自分を見る。やはりわからない。
首を傾げてわからないことをアピールして見せれば、土方さんが唸った。なんでもかんでも察してもらおうとするのは無理ってもんですよ。

「〜〜下着つけてるだろ!」
「は? ああ、まあ、つけてますけど」

 女の身体になったのならブラジャーは必須だろう。フィクションの世界では女になった男がノーブラのままでいがちだが、ある程度胸があるとなにかで固定しておかなくては揺れて痛い。道具はブラジャーにこだわっているわけでもなく、固定できるならさらしなどでも良かった。ブラジャーに落ち着いているのがこれが一番着脱が簡単だからだ。世の女共が普段使いしているだけのことはある。
 確かにブラジャーはしている。だがそれがなんだというのか。女になったからには下着を探してこなくてはいけないという話は土方さんにもしたはずだ。その時は普通に流されたのでそれ自体を土方さんが問題視しているとは考えにくい。だってこの人だって以前に女になった時にはブラジャーをしていた。元の身体を思い浮かべると絵面がアレだというのはわからないでもないが、それだけでここまでの反応をするものだろうか。
 いくら言葉を交わしても全く土方さんの考えていることがわからない。もう面倒になってきた。無視してさっさとヤってしまおうか。
 俺がわかっていないことは土方さんにも伝わっていたらしい。これまでは少ない言葉で俺に察してもらおうと横着をしていたようだったが、ついに諦めたらしい。

「そのデザインはなんだって聞いてんだよ」
「はあ?」

 聞いてんだよ、と言われてもそんなものは初耳だ。だがこれでようやく土方さんが何を問題視しているのかはわかった。
 そう指摘されて改めてブラジャーに目をやる。土方さん的にはお気に召さなかったらしいが、なんてことはない普通のデザインだ。黒を基調としてフリルがあしらわれた……一言で言うならゴシック調のデザインだ。お前にそんな大人びたデザインは似合わないとでも言いたいんだろうか。失礼な。

「吉田に適当に買いに行かせたんでデザインに文句つけられましてもね。苦情は吉田にどうぞ」

 ノーブラのまま街中を出歩くのがよろしくないことくらいは元が男でもわかる。だがサイズを伝えて適当な部下に細かいことは一任して買いに行かせたわけだ。そして買ってきたものがこれ。このデザインが吉田の趣味なのか、独断と偏見で今の俺に似合うと思われたのかは謎だ。そこまで興味がなかったので聞いていない。

「気に入りません? じゃあ、外します?」

 衣服はおおよそ脱いでしまったがブラジャーはつけたままだ。土方さんを抱くのに何も全裸になる必要はない。つけておかなくてはいけない理由もないが、動く度に胸が揺れるのでは気が散るだろう。とはいえ絶対になくてはいけない、というほどでもない。気に入らないというのなら外してもいい。これが気になるあまり上の空になられる方がよほど問題だ。それは面白くない
 土方さんの手を取って、己の胸元へと導く。気に入らないというのなら自分で外せばいい。そこまで面倒を見てやる気はなかった。それからわずかばかりの悪戯心もあった。今の土方さんはとにかく俺が女の身体であるということを認識したくないはずだ。だがこうして膨らんだ胸に触れてしまえば嫌でも実感する。狙い通りに土方さんの表情が歪んだ。
 だが気づかないふりで手を滑らせていく。ぐるりと俺の身体を滑って、背面のフックへ。散々女遊びをしていたのだから見なくてもフックを外すくらいはできるだろう。外せないということならばからかいのネタになる。どう転ぶにせよ俺にとって愉快なことにはなるはずだ。
 さて、土方さんはどうするのか。不機嫌を煮詰めたようなしかめっ面からは次の行動までは読み取れない。挑発してやればこちらの思う通りに事が進むだろうか。待てども動きがないことにそう不審が募らせていると、不意に手が振りほどかれた。

「外さねェんで? お望みならパイズリしたっていいんですよ」
「……お前相手にそんな真似してもあとで虚しくなるだけだろうが」

 やりたくないとは言わないあたり、微妙に素直だ。土方さんはそういった願望を口にしないだけで、持っていないわけじゃない。むっつりなのだ。だがやらないと言った以上はいくら誘惑しても首を縦にには振らないだろう。どうしてそんなに意固地になるのかはよくわからない。一時的なものだとしてもここにおっぱいがあることに変わりはないだろうに。
 動揺のひとつでも引き出せれば面白くていい。そんな気持ちがあったのだが目論見は失敗に終わったらしい。土方さんは不機嫌そうな仏頂面のままだ。それなら別に手で遊ぶことにしよう。
 開封だけして放置していたペニスバンドに手を伸ばす。ディルドがきちんと嵌っているかを確認し、それからベルトの輪に足を通していく。パンツを履く時と要領は同じだ。ただ前面に張り出したものがくっついているのでバランスが取り辛くはある。それでも履けないほどではない。よたよたとバランスを崩しかけながらもペニスバンドをしっかりと腰回りに固定する。

「お待たせしました」
「……」

 土方さんは相変わらず眉間に深い皺を寄せているばかりで何を考えているのかわからない。愉快な気持ちでないことは確かだろう。
 そんなに嫌そうな顔をされたら無理やり手篭めにしているようではないか。誰かに合意の証明をする必要性もないので合意感が薄くても構わないと言えば構わないのだが。
 ディルドにもローションを塗り込んで滑りをよくしておく。これで問題なく挿れられるはずだ。
 どうしても嫌だと言うのであればこのあたりで制止がかかるだろう。だが土方さんは何も言わなかった。それはつまり、続けても構わないということだ。
 そう解釈して、腰を落とす。股間にぶら下がった偽物のペニスに手を添えて、照準を定めた。ひくつく穴に先端を押し当て、腰を前へ進めていく。

「ッぐ……」

 慣らしたおかげもあってディルドはすんなりと中へ潜っていく。大きさは自分のもとほぼ同じなので圧迫感にさほど違いはないだろう。それでも土方さんは耐えるように歯を食いしばる。ディルドとは当然ながら感覚が繋がっていないので加減や位置調整が難しい。それでも土方さんの様子をうかがいながら腰を進めていった。

「……ああ、やっぱり偽物だと難しいですね。土方さん、気持ちいいです?」

 見たところ問題はなさそうだが、快楽をきちんと得ているかはわかり辛い。素直に快楽を享受することを恥だとでも思っているのか、そういった反応をこの人は極力隠そうとする。問いかけてみたものの、素直な返答が戻ってくるなんて期待は微塵もしていなかった。案の定望んだような返答はなく、代わりに睨み上げられてしまう。

「……その目、やめろ」
「は?」
「観察してるみたいな目で、見るなつってんだよ」

 抗議の意味がすぐには理解できなかった。そんな目で見ている自覚はない。様子をうかがってはいたが、それが土方さんには観察しているように見えたのだろうか。違うと言ってもこればかりは主観的な見方による印象なので証明しようがない。だが土方さんの様子をうかがっているのは今回だけではない。今回は特に顕著ではあるが、普段から俺なりに気遣ってはいるのだ。今回だけ文句をぶつけられるのはどうにも納得できなかった。何故土方さんはそう捉えたのだろう。考えていくと、ひとつの可能性に思い当たる。
 今の俺にはちんこがなく、偽物のちんこで土方さんとセックスをしている。そのため肉体的な快楽はほとんど発生していない。そのゆえに普段よりはいくぶんか思考がクリアであることは認めよう。それが恐らく、土方さんの目には観察されているように映った原因だ。行動に、言動に、表情に、熱が乗り切っていないのだろう。だが興奮していないのかといえばそんなこともない。
 あの土方さんを組み敷いて、貫いて、揺さぶって。その事実だけでも充分に興奮する。それに加えて今は女の身体であるという事実もある。本気で抵抗されればこの身体では対抗できないだろう。だが現実では俺は土方さんを組み敷いたままだ。不満そうな態度こそ示すものの、抵抗する様子もなくこのか弱い身体に翻弄されている。その姿が俺の心を満たす。歯に衣を着せぬ言い方をするならば、最高に興奮する。

「……ああ、すいやせん。女に抱かれてるアンタを見られる機会なんてもうないんでしっかり記憶に焼き付けておこうかと思いやして」
「っっ!!」

 しつこく自覚させていくと、その度に新鮮な反応を示すのだから面白い。ぐわ、と体温が一気に上がったのが見てとれた。そろそろ現実に適応してもいいんじゃないだろうか。

「み、見てんじゃ……っぅ、ぐ…!」

 現状を許容していても見られることには抵抗があるらしい。身を捩って逃げ出そうとするのを、ディルドで中を抉ることでそれを封じた。びく、と身体が強張った。一瞬だけだったが、流れを引き寄せるにはそれで充分だった。
 ここまで来てしまえば自分のペースに引き込んでしまうのは難しいことじゃない。それなりに回数は重ねている。どうすれば土方さんが気持ちよくなるのかはわかっているつもりだ。そして気持ちよくなってしまえばそれ以外のことは二の次になる。ただただ、与えられるままに受け入れる。一度その流れに持ち込んでしまえば、土方さんは流される。経験上それはわかっていた。そして、俺の身体が女のものであろうとそれは変わりがない。

「ッ、んぅ…っふ、……ァ、く…」

 いつもとは状況が違うので全く同じというわけにはいかない。だがコツは少しずつ掴んできた。自分の快感を追えない分、土方さんを追い詰めることに集中できていい。集中しているせいか、いつもよりも土方さんに余裕がない気がする。
 身体がうねる。のたうって、脚がばたつく。勢いよくディルドを突き立てれば小さく声が裏返った。不意に漏れてしまった嬌声はすぐに噛み殺され、くぐもってしまう。そろそろイきそうなんだろう。そう申告があれば可愛げがあるものだが、土方さんは頑なに隠そうとする。少しずつ我慢できなくなってきている様がそそるのでこれはこれで構いはしないのだが。
 焦らして遊ぶのも楽しそうではあるが、迷って今回は素直に追い立ててやることにした。気持ちのいいところを抉って、休みなく快楽を与えて、そうして土方さんを追い詰めていく。追い立てられて我慢のできる人間などそうはいない。大きく息を吐き、身を捻って、そうして快楽から逃げようとはしているようだったが逃げきれていないのは明らかだった。そうやって追い詰められて、ついに逃げ場をなくした。

「〜〜〜ッぅ、ッッ!!」

 びくびくと、これまでより大きく身体が跳ねる。それとほぼ同時に精子が溢れ出た。あてもなく吐き出された精子はただ土方さんの腹を汚すだけだ。
 吐精したからといってすぐに熱が抜けていくわけではない。視線や息には未だ熱がこもって、そこに倦怠感も混じって妙な色香がある。それゆえに俺の次の言葉は出てきて当然だっただろう。

「土方さん、もういっか……あでっ」

 言い終わる前に頭を叩かれた。パーだったので本気でないことはわかる。ふざけたわけでもないのだが、土方さんからすればありえない発言だったのだろう。

「二度はねえって言っただろうが」

 それは今回の二回目もカウントされてしまうのか。それならもっと時間をかけて楽しむべきだった。

「えー、駄目ですか」
「駄目だ。一回ヤりゃ充分だろうが。我慢しろ」

 取り付く島もないとはこのことだ。これ以上食い下がっても無駄だろう。惜しいことをした。

「へいへい。これだけで我慢して大人しくしてますよ」

 この人はきっと欲求不満を持て余した俺がふらふらと出歩くのを危惧しているのだろうが、そもそもそれは半分くらいが嘘だ。相手を選ばない、みたいなことは言ったが一度至上を知ってしまえばそれ以外に手が伸びるはずもない。
 名残惜しい。そんな気持ちが行動に反映されてしまうのは致し方のないことだろう。殊更ゆっくりと、挿入していたディルドを引き抜いていく。

「ッ」

 ぶるりと土方さんが震える。その息には誤魔化しようもなく確かに熱が含まれている。性別に関係なくその反応が引きずり出せたというだけでひとまずは満足しておこう。
 こうしていつも通りに振る舞っていれば「女」ではなく「沖田総悟」として認識され続ける。土方さんのからかって遊ぶこともできて、一石何鳥だろうか。

「……用が済んだならさっさと出て行け。その身体のうちは許可なく外出するんじゃねえぞ」
「わかってますって」

 このまま留まっていれば本当にわかっているのか、そもそもお前は……なんて調子で説教に入っていきそうだ。そんなものに真面目に付き合うつもりはないので飛び退くようにして距離を取る。
出て行けというのならそうしよう。だがディルドはどうしようか。流石に剥き身で持ち歩く気にはなれない。箱に収め直すにしたって汚れたままではまずいだろう。少し悩んで、結局土方さんの部屋に置いていくことにした。

「おい!」
「捨てるなり片付けるなり、好きなようにしてくだせェ」

 扱いに困っての放置だったが、こうなってみるとなかなか悪くない選択だったのではないかと思う。困り果てた土方さんが結局どうするのか。想像を巡らせるだけでも楽しくなってくる。
 身体が汚れているので土方さんは部屋の外までは追って来ないだろう。それがわかっているので悠々と部屋を後にする。
 模造品を使って遊んだだけで、実際に性欲を発散させたわけではない。それでも事実として今の俺は充足していて、これ以上欲を満たしたいとは思わなかった。

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