「あ、土方さん、好きです。付き合ってくだせェ」
 
 ウインカーを出すついでに、軽い調子で放たれたそれに反応することができなかった。助手席でただ固まる。銜えている煙草からあがる煙だけが唯一動きのあるものだった。
 
「…………あ?」
 
 長い長い沈黙。ようやく絞り出したそれは言葉とは言い難く、息を一緒にただ吐かれたものだった。なんと返せばいいのかわからない。からかいにしたって、こんな方向のものは初めてだった。対処の仕方がわからない。
 こちらの反応を気にしていないのか、奴はこちらを見ない。いや、運転中なのでこっちを見られても困るが。車が左折したことで身体が緩やかに傾く。
 
「一応言っときますけど、どこにとかそういうありふれたボケは求めてないんで。そんで、言っといでなんですけど返事はいりやせん」
「あ?」
 
 理解が追いつかないうちに次々と爆弾を投げ込まれる。からかっているわけではなさそうなことは辛うじてわかったが、そうなると意味がわからない。好きだと言ったか。だが、そもそもコイツは俺のことが嫌いなんじゃなかったか。そこもだいぶ気になるがそれよりに気になることがある。
 
「……返事がいらねえならなんで言った?」
 
 俺が動揺するのを見て笑いたかった、とか。コイツならありえないと言えないのが辛い。何を考えているかなんてわかることの方が少ない。コイツは俺への嫌がらせのためなら自分を犠牲にすることも厭わないイカれた奴だ。何がコイツをそこまで駆り立てるのかが未だにわからない。
 
「知っといてもらおうかと。だって今返事もらったってアンタの答えわかりきってますし」
 
 コイツの言葉を信じるとしよう。コイツが俺のことを好きで、付き合ってほしいと望んでいるとしてだ。俺の答えは否だ。応じられる様子が一体どこにある。
 
「アンタが断る理由なんていくらでも思いつきますけど、真っ先に来そうなのは歳ですかね」
 
 コイツの歳は十八。大人として扱ってもいい年齢ではあるが、まだ子供であるとも言える。未だに未成年という括りであることは違いなかった。たしかに、真っ先に断る理由としては出てきそうだ。
 
「こればっかりはどうしようもないんで、今俺が何言ったところで勝機はないんです。じゃあ二十歳になってから言えばいいって思ったでしょう?」
「……」
「俺が二十歳になった時に告白したとします。その場合もアンタは絶対に頷かない。今度はそうですね……もっと周りを良く見ろだとか、もっと相応しい奴がいるだとかそういう感じか」
「……」
 
 まあ、言いそうではある。なんでよりによって俺を選んだんだとは思う。コイツの隣に特定の女がいるというのは想像がつかないが、それにしたって俺は違うだろうと思う。
 
「アンタとの付き合いはそこそこ長いんで、予想くらいはつくんでさァ。だからそれを一個ずつ潰していこうかと」
 
 まず年齢の問題。これはあと二年経てば問題がないので二年後に仕切り直すことで解決する。そして二年後ではなく今告白した理由は別の断り文句を潰すためだと言う。
 
「アンタより可愛くて美人で気が利いて稼ぎもいい奴が世の中に溢れてることくらい俺だって知ってんですよ。それでもアンタがいいんです。二年経てば少なくとも気の迷いとは言えなくなるでしょう? 他にいい奴がいるってんならアンタがうまいこと見合いでもセッティングしてくだせェよ。アンタにそんな人脈があるとも思えませんけど」
「喧嘩売ってんのか」
「いいえ、まさか」
 
 少なくとも二年前から好きだったんだから一過性のものだろうと一蹴させてはやらない。そう言うために二年後ではなく今、その事実を告げた。なるほど、よく考えている。確かにその作戦が成功すれば俺は逃げ道のひとつを失うことになる。
 
「二十歳になれば法的な問題はなくなって、その時点で気の迷いじゃないことは時間が証明してくれてる。アンタが紹介した女にも俺は靡かなかった。……こうなると、あとはもう本人の気持ち次第でしょう」
「性別っていうもっと根本的な問題があるだろうが」
「はあ……男色なんて珍しいもんでもないと思いますがね。今のところは夫婦になったりはできませんけど、殺されるってわけでもないんだから問題ないでしょう」
「俺にそっちの気はねえ」
「知ってまさァ。そこは長期戦でいくつもりなんで問題ねェです」
「問題大ありだろうが! 男に興味はねえって言ってんだ」
「俺だってなかったんで大丈夫ですよ」
「どういう理屈!?」
 
 というかこれはもう返事をしていることにならないだろうか。そう思いはするのだがどうにも奴の中ではノーカウントらしい。今なにを言ったところで流されるだけらしい。おかしいだろ。ちゃんとした理由で断ったんだから引き下がれよ。しつこい男が嫌われるのは間近で見てきて知ってんだろ。
 もうこれだけでキャパを完全に超えている。屯所に戻ってからもあれこれとやらなきゃならん仕事が溜まってるのに手がつかなかったらどうしてくれる。……などと文句を言うのは意識していると大々的に告白しているのと同義なので口に出したりはしない。これ以上思い通りに振り回されて堪るか。だが何もせずにいることもできず、せめてと涼しい横顔を睨みつける。恐らく、効果はない。それどころか違う意味に取られてしまったらしかった。
 
「心配しなくても、二年後にもう一回告白するまでは何もしませんよ。やろうと思えばできますけど、夜這い仕掛けたりもしません」
「怖えことをさらっと言うんじゃねえよ」
 
 何度か命に関わるタイプの寝起きドッキリを仕掛けられたことがあるので可能は可能だろう。だがよもや己を対象にそんな発想が出てくるとも思わずに度肝を抜かれる。俺のことを好きだとは言ってはいたがどうにも未だに実感がわかない。コイツが終始涼しい顔をして淡々と話しているせいもあるだろう。なんでそんな抑揚がねえんだ。普段の会話の方がまだ喜怒哀楽が見えてんだろ。
 ……というか本当に、コイツはそういう意味で俺のことが好きなんだろうか。実は車内のどこかにカメラが仕掛けられていたりするんじゃないだろうか。そうして動揺する姿をおさめてあとで嘲笑うつもりだとか。
 
「……何考えてんのか想像つきますけど、心配なら後で車の中納得行くまで探してもいいですよ。俺の携帯と所持品チェックもどーぞ」
「!」
 
 完全に考えが見透かされている。それも驚きだが、それよりも驚きなのはーーー
 
「ーーーお前、本気か」
「だから最初からそう言ってんでしょうが」
 
 俺を騙して笑おうという魂胆ならどこかにカメラなり盗聴器なり仕掛けているはずだ。そしてそれを探されることはどうにかして阻止するだろう。だが実際はむしろ探すことを推奨した。そうして積極的に不利な状況を提示することで信用を得ようという魂胆かもしれないが、それはないと判断した。……いや、念の為に後で提案通りに車内捜索と所持品チェックはしておくが、だ。
 今の今まで信じてもらえていなかったにも関わらず怒る様子はない。
 
「ちなみに好きっていうのは性欲込みのやつなんで、そのあたりもよーく考えてあと二年待っててくだせェ」
 
 性欲込みのやつ、とは。
 男同士のあれそれの知識などほとんどないが、どうにも男同士でもヤることはヤれるのは辛うじて知っている。コイツがどっちを想定しているのかは気になるが、聞くのが怖い。それを聞いたって状況が好転するわけでもない。というかコイツとそういう……アレをするというのは、
 
「無理!!」
「今何言ったって聞こえねェんで無駄ですよ」
「聞こえてんだろうが!」
「???」
「わざとらしいとぼけ顔腹立つからやめろ!!」
 
 何を言ったところで今のコイツには届かない。そうわかっていても声を張り上げずにはいられない。そんな姿が滑稽に映ったのか、奴は楽しそうに笑った。

外堀

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