「慰謝料寄越せ」

 出会い頭にカツアゲを受けた。人通りのある真っ昼間から警察にカツアゲをするのは馬鹿なのかよほど自信があるのか。こいつの場合、まあ馬鹿なんだろう。無視してやろうかと思ったが経験上反応するまで付き纏われる気がしたので渋々口を開いた。

「寝言は寝て言えクソ天パ。アフロ似合ってねえぞ」

 万事屋銀ちゃんとか言う胡散臭い仕事を営むあらゆる方面でだらしがなく厄介な男。何が悲しいのか縁はあるようで度々顔を合わせるがお互いに反りが合わないと感じている。そんな男が真っ向から絡んできたわけだが、今日は少し様子がおかしかった。
 性格のちゃらんぽらんさを表すような好き勝手に跳ね回るいつもの天然パーマは一層勢いをつけて膨れ上がりもはやアフロヘアーの様相を呈している。それに、よく見れば全身が黒っぽく汚れていた。まっくろくろすけと戦いでもしてきたか。

「好きでアフロやってんじゃねえんだよ。おたくの沖田くんにやられたんですぅ」
「あァ?」

 急に馴染みのある名前が挙がって、それで状況が理解できてしまった。
 沖田総悟。ドS。バズーカ。アフロ。黒焦げ。慰謝料。……いや、ピース少ねえな。

「……お前が撃たれるようなことしてたんだろ」
「してません〜。いきなり絡まれたんですぅ」
「うぜえ喋り方やめろや」

 あいつのバズーカの私的流用は今に始まったことでもない。発射先は主に俺ではあったが、真っ当に仕事で使うことも多々あったために未だに携帯を許しているところがある。理由があっての発砲なのか。こいつの証言だけでははっきりしない。が、沖田を見つけ出して聞き出したところでそれが真実とも限らない。面倒臭い。

「……あいつ呼び出してやるから本人同士で話し合って折り合いつけろ」

 正当な理由があったのかもしれないし、なかったかもしれない。どちらにせよ俺が関与することじゃない。俺はあいつの保護者じゃない。だというのに最もな返答がこいつは気に入らなかったらしい。

「いやいや、そもそもお前がちゃんと教育してりゃこんなことにならなかったんですけどお?」
「知らねえよ。そんなところまで上司責任はねえだろ」
「はー? こういうのは最初の教育が重要なんだよ。あー、ほら、あれだ。猫だってそうだろ」
「あ?」
「猫はちびのうちに他の猫に噛み返されて甘噛みっつーのを覚えんの。沖田くんのあれはじゃれてるつもりのマジ噛みだからね。下手すると死んじゃうからね」

 それはまあ、わからんでもない。本気で殺そうとしているわけじゃないのはわかる。だがそれにしては一太刀一太刀があまりに真剣でこっちが油断しきっていると首が落ちかねない。
 昔からそうだったわけじゃない。昔はもっと、餓鬼だったこともあって可愛らしい部類の攻撃だった。それでも餓鬼なりの全力だったんだろう。あれを、あの段階でやり過ぎだと叱り飛ばさなかったから今こいつがアフロになっていると、そう言いたいのか。
 いや、んなわけあるか。あの時だって結構容赦なく反撃して痛い目を見せてやった。ふざけた真似をしたら相応の報いがあることは学んだはずだ。それでもあいつの攻撃は止まなかったし、むしろエスカレートしていった。俺の手に負える話じゃなかったわけだ。そこで責任追及されるのは納得がいかない。




 と、強く感じたのが昨日の話だ。あれからしつこく付きまとってくるアフロ男を撒いて帰路へとついた。
 あんなものはただのいちゃもんだ。そうわかっているのにやけに引っかるのはどこかで一理あるとでも思っているからなのか。あいつがここまで凶暴になり果てたのは俺の責任なのか? いやいや、そんなわけがない。ただ少しだけ考えもする。そもそも俺がいなければここまで攻撃的な面は育ったなかったんじゃないか。
 ちりちりと痒みを発する頬を爪先で引っ掻く。頬には薄い切り傷ができている。これは沖田の奇襲を紙一重で躱した際についた傷だ。防ぎきれずに軽傷を負うことは珍しくない。よくあることだ。感覚が麻痺している自覚はある。

「何ぼーっとこっち見てんでィ。俺が美少年過ぎて見惚れんのはわかりますがね。あんま見るなら金取りますよ」

 そんなことを考えてしまうのは目の前に当人がいるからだろう。自覚はなかったが沖田について考え事をしている間、その顔を凝視していたらしい。

「見惚れてねえよ。自惚れんな」
「じゃあなんだってんです? アンタ、用もなく俺のことガン見なんてしねェでしょう」

 無意識の行動はよほど不審に見えてしまったらしい。理由は、ある。たいしたことでもないので適当に誤魔化してしまいたい。だがここでなんでもないと言ったところでこいつは信じないだろう。しつこく追及された場合、逃げ切れるかは微妙だ。こいつのしつこさはよく知っている。それなら変に執着されてないうちにさっさと吐いてしまった方が結果的には楽なように思えた。

「……責任を感じてたんだよ。クソ天パがお前の遊び感覚の攻撃がやべえのは俺がちゃんと躾けなかったせいだとか難癖つけてきやがったからな」
「旦那が? ……躾? アンタが? 俺を?」

 俺がいなけりゃもう少し穏やかに育ってたんじゃないか。という考えまでは口にしなかった。これに関しては怒りを買うのがわかりきっている。実際、俺が関わっていなければ多少はマシだったのかもしれないがこいつのサドっ気は天性のものだ。俺の影響なんて微々たるものだろう。
 最初の理由だけならせいぜい鼻で笑われる程度で済むと判断して渋々口にした。あわよくば矛先がそちらに向くことも期待して万事屋の名前も出したわけだが、どうだろうか。

「ははあ……そりゃまあ、自惚れが過ぎませんかねィ」
「ぐっ……! 本気で考えたわけじゃねえよ」

 わかってはいたが改めて指摘されるとダメージがある。こいつの形成に影響を与えたなんて本気で思っているわけじゃない。俺がいなくてもこいつはこいつだっただろう。全く同じ形なったとまでは言わないが、そう変わりはなかったはずだ。
 そうだ。そんなわけがない。どことなく自分に言い聞かせている気分ではあるが本人がそう言ったんだからそうなんだろう。そう結論付けてこれ以上考えるのをやめる。我ながら無駄な考えに時間を費やしてしまった。それもこれもあの天パのせいだ。今度会った時には文句を言ってやろう。そう心に決めて、今度こそ本当に考えることを放棄した。

損害賠償

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