「プレゼント勝負をしやしょう」
「は?」

 沖田総悟の発言は唐突だった。
 コイツが突飛なことを言い出すのは稀によくあることではあるのだが、いつだって新鮮に困惑はする。今回もそうだ。
 今度は一体なんの悪巧みが始まったんだ。コイツが俺に対してなんらかの提案をしてくる時はだいたいろくなことじゃない。経験から知っているだけについ警戒してしまう。その露骨な反応には気づいているだろうに、沖田が気にする様子はない。

「付き合ってんだからたまにはプレゼントのひとつくらい贈ったっていいでしょう。ただ、普通にやるのはつまらねェんで勝負ってことで」

 沖田とは付き合っている。事実である。だがそういえば贈り物をしたことは互いになかった気がする。お互いにやれ記念日だと浮かれるような性格ではないし、誕生日は近藤さんが先導して盛大にしたがるので宴会のような流れに終始しがちだ。プレゼントがほしいと思ったことがなければ何かを贈りたいと考えたこともなかった。そのため、沖田の提案は唐突なものに感じられた。

「内容は簡単。相手をより喜ばせた方が勝ちです。明日明後日じゃ流石に用意が厳しいんで来月頭期限にしましょうか」

 提案の形をしているものの、半ば決定事項である。まだやるなんて一言も言っていないのに確定事項になっている。

「やるとはまだ言ってねえだろ」
「あら、負けるのが怖いんで?」

 見え透いた挑発だ。わかっている。だが気が短く、負けず嫌いなのは生来の性格だ。自制できるものでもない。

「……上等だ。やってやろうじゃねえか」

 食い気味に返したところで乗せられたと思う。お決まりのパターンで抗えなかった。

「そうこなくちゃ」

 普段変化の乏しい表情にうっすらと笑みが乗る。本当に何を企んでやがる。受けた以上、前言撤回はできない。それならせめて奥の意図を探ってやろうと様子を窺う。だが沖田がぼろを出す気配はなく、細かいルールを決めておきましょうか、などとのんびり宣った。



 プレゼント勝負なるものを行うにあたり、いくつかルールが設けられた。まず予算は上限一万までとする。高価なものではなく創意工夫を重視するとのことらしい。よくわからん。
 それから禁止カードをお互いにいくつか。付き合いが長くなれば安価だろうとこれを与えればこいつは確実に喜ぶだろうというものがいくつかはわかっているものである。そういう安牌に頼るのは禁止というわけだ。俺の側は煙草、マヨ、休日。そして沖田の側は副長の座、現金、命である。金はともかくとしてそれ以外をプレゼントでほいほいやってたまるかというところではあるが、まあ喜ぶものではあるんだろう。禁止されるまでもなくやるつもりはないが。
 沖田が指定した期限まであと半月ほどある。正直あまり猶予があるとは言えない。その半月の間も仕事は普通にこなさなくてはいけないので休日は数えるほどだ。ものによっては入手に時間がかかるだろうしさっさと目星をつけてしまわなくてはいけない。だが、そんな序盤で盛大に躓いた。
 あいつが何を欲しいのかわからない。元々物欲の薄い男だ。何かに執着している姿などろくに見たことがない。あいつの趣味について考える。あいつにはあまり一貫した趣味というものがない。ふらりとプロレスやら落語の席に行っていることはあるようだが気まぐれに時折、といった様子だ。それに誰を贔屓にしているのかも知らないので下手にチケットを取ると外すおそれがあった。却下。あとはせっせと藁人形を編んだり黒魔術だのといった怪しげな本を読んでいることもままある。あれも趣味と言えるのかもしれないがそれ関連の贈り物は却下だ。あれは全て俺を呪うための下準備である。そんな行為に塩を送るわけにはいかない。焼肉を奢ってやれば無難に喜びそうだが、これは日頃から使い過ぎている手だ。プレゼントというからには何かしら特別でなくてはならないだろう。つまりこれも却下だ。
 考えるほどに思いつかない。あいつも公務員で俺ほどではないにせよそこそこの給金を貰っている。欲しいものはとうに自分で買っているだろう。狙い目は欲しいものの、自分で買うほどではないのラインだろう。だがそれが全くわからない。
 こういうときにはもう諦めて直接欲しいものを聞き出すべきなのだが、今回はそういうわけにはいかない。勝負なのだから自分で考えなくては。
 そうして見回りも支障が出ない程度に考える。軒先に並ぶ店ひとつひとつを観察し、あれはどうだと考える。
 簪。女ではないのだから無し。手鏡、櫛。使う男もいるだろうがあいつが使っているのは見たことがない。見てくれに気を配るタイプでもないだろう。団子。喜びはするだろうが、普通に土産だし安価過ぎる。服……はそもそもあいつの諸々のサイズを知らない。よくわからんが好みもあるんだろう。
 なんだか全てが駄目に思えてくる。あいつは何を贈られたら喜ぶんだ。そもそもこれは正解が存在しているのか、と疑問さえ抱き始める。沖田にバレないように歳の近い隊士にでも参考程度に欲しいものでも聞いてみるか。そう考えつつ視線を巡らせて、別の店を見つける。
 ぴんときた、とでもいうべきか。これなら悪くはないのでは、とようやく思えた気がする。
 勤務中であるということもあり、躊躇が少し。市政の人々と言葉を交わすのも仕事のうちと言えなくもないだろうと言い訳をして結局そちらへ足を向ける。少しは話を聞くだけだ。その姿が威圧感を与えることは知っているのでできるだけ気さくな調子で店主へ声をかけた。



 期日として設定したその日、沖田が携えてきたのは小さめの紙袋だった。紙袋は無地のため、どこに店で購入したのかはわからない。

「俺の後からだと出し辛いでしょうから先にどうぞ」

 プレゼントによほど自信があるのか、先攻を譲られる。ムカつく物言いだが、後だろうと先だろうと結果が変わるものではないだろう。出し惜しむようなものでもない。素直に先攻におさまってしまうことにする。
 俺に取り出したのは草履だ。俺たちは仕事中こそ洋装だが、日頃は世の大多数と同じように和装である。そのため靴もそれに合わせ、草履である。

「今使ってるのだいぶぼろくなってただろ」

 足のサイズなら知らずとも靴をこっそり調べればそれで事足りた。
 消耗品ではあるものの、予算ギリギリのものを買ったため普段使っているものよりやや高級な品なのではないかと思う。

「へえ……ありがとうございます」

 草履はすんなりと沖田の手に渡る。しげしげと眺めているもの、どう思っているのかは読み取れない。決定的に外したという心配だけはなさそうではある。欲しいものだが、自分では買わないもの。最低条件は満たせたかと思うのだがどうだろうか。あれから考え続けていたが結局これ以上のものは出てこなかった。

「次の休みから使わせてもらいやす」
「おう」

 あからさまに喜ぶ姿を期待していたわけでもないが、あまり反応が薄い。勝負事であるからには評価をしなくてはならないが今の段階でそれを口にするつもりもないらしかった。
 今度は俺の番ですね、と沖田が紙袋とそれを差し出してくる。受け取って中を覗き込めば、長方形の箱が入っている。中身の見当がつかないまま箱を取り出し、開封してみる。

「……財布か」

 箱の中から現れたのは財布だった。黒の革製のもので薄く横に長い。ブランドのロゴがひとつアクセントとして小さく置かれているだけでなんの柄もない。至ってシンプルなデザインの長財布である。

「だいぶ使い古してぼろくなってたでしょう」

 品が違うだけ考えることは同じだったらしい。長年使ってきた財布は経年劣化であちこちが擦り切れ、汚れがこびりつき始めていた。そろそろ替え時だろうとは思ってはいたのだ。だからこれは普通に嬉しい。デザインも自分好みのシンプルなものだ。
 こいつが俺の財布の状態を観察していたとは思いもしなかった。見ていないようで存外見ているのか。

「ありがたく使わせてもらうわ」
「ええ、そうしてくだせェ」

 後で取り替えようとひとまず財布は箱の中へしまい込む。さて、これでプレゼントの授受は終わったわけではあるがここからどうするのか。
 これは勝負である。勝敗をつけなくてはいけない。だが勝負の判定基準は「相手をより喜ばせた方が勝ち」である。つまり喜び度合いを申告しなければならない。そのような内情はいくらでも偽造がきく。さてどうする。
 素直に答えるならば沖田からのプレゼントは文句なしに良かったと言っていい。正直、草履を贈った俺が勝てているとは思えない。それくらいに今の需要と好みに即したプレゼントだった。認めるのは業腹だが、ここは素直に敗北を認めるべきか。負けているのにうだうだと誤魔化して負けを認めないのは男らしくない。だが沖田からのプレゼントを嬉しいと認めてしまうのはどうにも悔しさがある。
 どうしたものかと迷っていると、先に沖田の方が声を上げた。

「今愛の勝負なんですがアンタの勝ちでいいですよ」
「は?」

 認めるのが癪だっただけで、負けたと思っていた。それなのにあっさりと勝ちを譲られた。何故。そんな疑問が顔に出ていたのか沖田は補足を加える。

「実を言うと予算超えちまってたんで俺の反則負けです」

 言われてみると、財布は一万以内で買うには少々厳しいように思う。いや、拘らなければ可能なのだろうが手の内のそれは一万以内にしては高級感があった。いくらしたんだと問うても沖田は答えない。

「だから今回はアンタの勝ちです。おめでとうございます」

 言われたところでそういえば褒美も罰ゲームも決めていなかったなと思い至る。それらがないからこそ沖田はあっさりと勝ちを譲ったのかもしれない。

「それじゃ、そういうことで」

 自分から言いだした勝負事のくせにたいした執心もないのか、用件が終わるとあっさり出ていってしまう。
 一体なんだったんだ。いや、あいつの気まぐれは今に始まったことでもないのでいつもとおりと言えばそうなのだが。しかしそれにしたって置き去りにされた感はどうにも拭えない。いまいち納得がいかない。だが沖田に追い縋るほどでもなく、もやもやした気持ちは胸の内にしまい込んでしまうしかなかった。




「あれ? なんでトシがそれ持ってるんだ?」

 不意に驚きの声を上げた男を何事かと見やる。近藤さんの視線は俺の財布へと注がれていた。何かに驚かれているのはわかるが発言の意味がよくわからない。

「なんでって、貰ったから使ってるだけだが……」
「んん? あ、もしかして総悟からもらった?」
「まあ……」
「そうかそうかー」

 一人で何か納得して上機嫌に笑う。さっきからずっと置いていかれている。一体なんの話だと問えばあっさりと教えてもらえた。あえて伏せていたわけでもないらしい。

「休みの日に総悟と二人で出掛けたんだがな、その財布が売られてるのずーっと見てたんだよ。結局買ってたから総悟が使うだろうとばかり思ってたんだが、トシにやるためだったんだなあ」

 俺と沖田が仲良くしていることが嬉しいのがいつも以上ににこにことしている。そんな話にわかに信じがたいが近藤さんが見ていたならそうなんだろう。
 ふと疑問に思ったのは最近の二人の休みが被っていたかという点だ。シフトの記憶違いがなければここ半月ほどは二人の休みは一切被っていなかったはずである。まさかサボってぶらついてたんじゃねえだろうな。それを確認するためにいつの話かと問う。

「先月の頭くらいだったかな」

 それは、プレゼント勝負を切り出してくる前の話だ。てっきり勝負が始まって調達の様子を近藤さんが見ていたのだと思っていたが、時系列が違うのなら前提が崩れてくる。沖田はあらかじめプレゼントを用意した上で勝負を持ちかけてきたのだ。しかも予算を上回っている時点で勝つ気はなかった。もうプレゼントが決まっているなら予算上限を上げて設定しておけば良かっただけの話なのだ。そうしなかったのは何故だ。多くもないパズルのピースが嵌って、ひとつの可能性に気づいてしまった。
 沖田にとって勝敗はどうでもよかったのではないか。重要なのは用意してあるプレゼントを渡す口実である。勝負という口実にしてしまえば不審に思われることもない。勝負はあくまで口実でしかないため、最初から負けるように仕組んで勝ちを譲った。これで辻褄は合う。
 素直に言えやという気持ちが半分。まあ無理だろうなという気持ちが半分。そこまで策を巡らせたならもう知らぬふりをしておいてやろうかと思うが、近藤さんがうっかり口を滑らせかねない。その事態を想定すると先に指摘しておいてやるべきか。
 そんな悩みを生んだとは露知らぬ近藤さんはのほほんと「俺もそろそろ財布替えるかな」など考え込み始めていた。

いざ尋常に!

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