※ホストアンソロジー「Oh!ParleyNight!!」寄稿






 天職だと思ったのは嘘ではない。
 それを本気にしてしまう程に愚直ではないが、それでも頭を掠めた。不可抗力だ。仕方ない。そう思っていても、それこそが冒涜になってしまうのだろうことはわかっていた。だから決して口にすることはなかったが。それでも一瞬願ってしまったのだから、どうしようもない。身勝手な思考はすぐには矯正されないのだ。



 洒落た格好して、女をはべらせて飲み明かして。それだけでも疲労感を覚えるには充分なのに、更に疲労感を蓄積させる出来事ばかり重なるのは何故なのだろうか。今なら「そういう星の元に貴方は生まれて来たのよ」などと胡散臭いことを言われても素直に受け入れてしまいそうな気がする。もう、全く関係ない方向に原因を持って行きたいくらいには疲労している。それでもここで放り出してしまうわけにはいかないのが大人の辛いところだ。
 そして部下の面倒を見なければいけないのは、上司の辛いところだ。自分一人ならとっくに引き上げているものを。

「……何してんだテメーは」

 聞きたくはなかった。だが全てを流せるほどに寛容でないのも事実。だから思わずその言葉が口から滑り出た。放置して帰りたい。そう思うのに、立場がそれを許さない。
問いを投げかけられた沖田はと言えば、妙に緩慢な動作でこちらを見る。相当に酒が入っているらしく、その頬はほんのりと赤かった。酒にはそれなりに強いはずなので、かなり飲んだのは間違いない。そこそこ飲めてしまうためにコイツはいつまで経っても限度というものを覚えようとしないのだ。そろそろ自分の限度というものを考えて飲むべきだと思うのだが、余計なお世話か。
 ソファーに深く腰掛けて酒を煽っている。酔っ払いの反応は総じて鈍いのが常なので、気長に返答を待つ。そうすると沖田は緩慢な動作でこちらを見た。酷く億劫そうだ。これほどまでに酔うとは、一体どれほど飲んだのだろうか。馬鹿なのではないだろうか。

「何って、見てわかりやせんか」

 言うなり沖田は手にしていたグラスの中身を口内へと流す。ちびちびと飲んでいるだけまだマシなようにも思えるが、そもそも何故まだ飲んでいるのか。

「そういうこと聞いてんじゃねえよ。なんでまだ飲んでんだって聞いてんだ」

 見てわからないはずがない。だがこちらが聞きたいのはそういうことではないのだ。沖田はそれがわかった上でそういう返しをして来ているのだから質が悪い。酔っているから頭が回っていない、という可能性も捨てきれないが。
 事態の面倒さに思わず頭痛を覚える。いや、飲み過ぎとかそういうことではなくて。沖田と違って自分の限界はよくわかっていたつもりだ。その証拠にちゃんと飲む量はセーブした。だからほとんど酔いは皆無に等しい。
 まだ飲み続けている沖田をどうしてやろうかと思ったところで、こんな面倒に巻き込まれることになった原因が姿を消していることに気づいた。一体いつからいなくなったのか。そのことが気になったのでとりあえず説教は後回しにしておく。

「おい総悟、近藤さんどこ行った」
かい  半ば無駄だとわかってはいたが、ぐるりと試しに周りを見渡してみる。空になった酒瓶、同じく空になった皿。店内には綺羅びやかな装飾が施されていて、ここにいるだけで何かが消費しているような気持ちになって来る。元々こういう場所にいるのは苦手なのだ。今は客がいないので随分マシではあるが、それでもこういう場所が苦手である事実に変わりはない。それなのに何が悲しくてこんなことをしているのか。それはあの人がお人好しであるからだ。要するに巻き込まれたのだ、大変不本意なことに。
 沖田なら近藤について何か知っているかもしれない。そんな風に思っての質問だったのだが、沖田もそれについてはわからないようだった。ぐるりとあたりを見渡して首を傾げる。どうやら今の今まで近藤がいなくなっていたことに気づいていなかったらしい。まあ、気付いた時間に対して誤差はないのであまり偉そうなことも言えないのだが。
 沖田はわからないなりに予想してみたようで、呑気に予想を口にする。姿が見えないことを心配している様子はない。先ほどまでここにいたのは間違いないのだ。敵にどうこう、という可能性は低い。それならそこまで心配することもないか。三十路近い男をあまり心配するのもどうかと思う。

「さあ? 姉御を送り届けたりしてるんじゃねェですか」
「送り届けるって……そもそも半径二メートル以内に入れてねえだろ。そんな状態で送り届けるなんて芸当できんのか?」
「いやいや、五秒くらいなら入ってられますぜ。姉御の拳が近藤さんに届くまで三秒かかるんで。それに近藤さんの踏ん張りが二秒でぎりぎりなんとか」
「……そんなことを冷静に分析してるお前はなんなんだよ」

 そこまでツッコミを入れたところで本当にどうしてこんなことをしているのだろう、とそおな気持ちになって来る。本当に、どうしてこうなったのだったか。そんな風に思って、これまでの経緯を思い起こす。
 発端はここ高天原の店長・狂死郎からのSOSだった。なんでも質の悪いインフルエンザに店のホストのほとんでがかかってしまい人手が足りないそうで。そんなどこか聞いたことのあるような状況を背負って近藤に相談に来たのだ。近藤は前回散々な扱いを受けていたくせにちゃっかりと狂死郎と未だに交友を持ってるらしい。誰とでもすぐに馴染めるのは近藤の長所ではあるのだが、こういう時は勘弁してくれと思わなくもない。きっと土方とは違い、近藤の電話帳は目一杯登録してあるのだろう。
 友の危機に立ち上がらずして何が男か。そんなノリで沖田や土方を筆頭として真選組の隊士が臨時ホストとして引っ張り出された、ということだ。いつ友になったのかは謎だが。狂死郎も近藤を通してくるあたり、策士なのではないかと思う。直接そんな話が来れば断れたのだろうが、近藤が絡むとこういう話は一気に撥ねつけにくくなる。根っからのお人好しだからこういう人助けにはうるさいのだ。どこにそんな暇があるんだと言っても聞きやしない。あの人はこういうところで頑固なのだ。

「何って……まあ、あのしぶとさに感心はしまさァ」
「…………ああ、そう」

 ここに至るまでの自分の流されっぷりを思うと会話するのも馬鹿らしくなって、このあたりで適当に会話を打ち切る。半ば酔い潰れていた客もなんとか送り出したし、何人が手伝いに借り出した隊士も先に帰した。狂死郎はもうこのまま終わっていいと言っていたのでさっさと着替えて帰ろう。慣れないことをしたせいか、下手をすると普段より疲れている。元々こういった愛想を振りまくような真似は特ではないのだ。沖田は天才的な順応を見せていたが。

「はあ……」

 仕事以外で疲れるなんて馬鹿げている。それに、幹部が揃いも揃ってこんなことをやっていて、この瞬間に事件が発生したら一体どうするつもりなのだろうか。それを思うと不安で仕方がない。そんなことになればどれだけバッシングを食らうことか。批判されるのは既に慣れたものだが、こうもあからさまにバッシング要素が目の前をちらついているのはやはり落ち着かない。今から帰ったところで酒のだいぶ入った状態では現場に出たりするのは厳しいだろうが、それでも屯所にすらいないよりはいくらかマシだろう。あまり長くここにいたくない。誰に目撃されてしまうともわからないことだし。
 それに何より、ホストの格好だと帯刀が出来ない。それが何より落ち着かなかった。帯刀ホストなんて新しすぎて需要がないだろうし、物騒だ。
 昔は帯刀なんて夢のまた夢だったわけで、あの時を思えばこれくらいの時間丸腰でいることくらいなんてことないのだろうが、そう思っても落ち着かないのはどうしようもなかった。帯刀していることに一度慣れてしまったら、もう帯刀していないと落ち着かない。だからさっさと着替えて帯刀して落ち着きたい。職業病だろう。
 土方としてはさっさと帰りたい。だが沖田は動く様子を見せなかった。未だにちびりちびりと酒を煽り続けている。どうやら飲み足りないらしい。未成年のくせにコイツは酒好きなのだ。一度酒を掴んだらなかなか放さない。だがいつまでも付き合ってやるわけにもいかない。置いて買えるという選択もなしだ。それなりに泥酔している沖田を置いて帰った日には確実に店に迷惑がかかる。それがわかっていて放置するほど馬鹿ではない。これ以上真選組の評判を下げてたまるか

「もう充分飲んだだろ。おら、帰るぞ」
「いやいや、ここからが本番ですぜ」
「いや、本番とかなくていいから。そこまで飲みたいならせめて屯所に帰ってからにしろ」

 外でぐでんぐでんに酔い潰れるのは外聞が悪い。勤務時間外で何をしていようと自由だが、残念ながら今は勤務時間だ。職場を離れてホスト紛いのことをしているだけでも充分にバッシングの対象なのに、これ以上不安要素が増えてはたまらない。そうだった、忘れかけていたが今は勤務時間だった。本当に自分は何をしているのだろうか。
 無理矢理にでも引きずって帰ろうかとも思ったがそれは骨が折れそうだ。それに、それはそれで注目されてしまいそうな気もする。それならどうしたものか。タクシーでも呼んで押し込むべきか。経費では落ちないので自費だが、これくらいの距離なら別に自費でも構わない。
 そうやって一人で妥協点を探っていると、気分良く飲んでいるらしい沖田が上機嫌に提案をした。酒を飲んでいる時は比較的抑揚があるので声に人間味があるような気がする。普段の喋り方が単調過ぎるのだ。

「じゃあ、この一本飲んだら帰りまさァ」

そう言って沖田が掲げたのはつい今しがた開けたばかりの一升瓶だった。沖田ならそれくらいは飲めてしまうのだろうが、問題はそこではない。コイツはまだ飲むつもりなのか。どれだけ酒を欲しているのだ。だいたい、明日も仕事が入っているだろうに。酔いの抜けない状態で仕事をするつもりではあるまいな。

「ふざけんな。そんなん飲んでたら、いつまで経っても帰れねえだろうが」

 沖田は後先考えずにがぶがぶ飲む方ではあるが、それでもその量を短時間で飲むのは無謀だ。だが沖田が引く様子はなかった。おそらくは酔いが回って正常な判断が下せないのだろう。そうでなければこんな無茶、普段の沖田は言わない。そこまで頑固な方でもないはずなのだが、このときばかりは何を言って聞き入れそうになかった。

「大丈夫でさァ。できるだけ飛ばして飲むんで」
「そういう問題だけでもねえだろ」

 酔い潰れるのは問題を起こされなくて大変結構だが、その酔い潰れた沖田を運ぶのは他でもない土方だ。こんなことになるなら隊士の一人や二人、残しておけばよかった。山崎あたりとか。若干の後悔。
 何度か説得は試みたが、それでも沖田が折れることはなかった。無理矢理落としてやろうかとも考えたが、やめた。沖田は記憶が飛ぶ方ではないから、翌日面倒なことになる。翌日のことを考えると耐え忍ぶ方がまだ利口だろう。だからぐっと堪えることにした。ここは我慢するところだ。

「……本当にそれ飲みきったら帰るんだろうな」
「俺が嘘ついたことありやしたか」
「何度もあったな」
「…………いつまでも過去のことを引きずってちゃ成長しやせんぜ」
「過去の話を持ち出して来たのはお前だろうが!」
「そうやってすぐに責任転嫁するのは土方さんの悪い癖でさァ」
「転嫁じゃねえだろ。言い出しっぺはお前…………はあ」

 言ってることがあっさり矛盾する。無駄な会話だった。だがとりあえず飲んだら帰るというのは本当らしい。確かな根拠はない勘だが、沖田に関する勘はよく当たる。それに基本的に自分の勘は信じることにしているのだ。だから信じるということにしておこう。沖田にではなく、自分の勘に免じて。

「ったく、なんでいつまで経ってもこんな格好してなきゃいけねえんだ」

 ずっと立っているのもどうかと思ったので二人分くらいの間を空けて沖田の隣へ座る。
 狂死郎から貸し出されたスーツには様々なにおいが染み込んでしまっている。最初にかけられた香水に加え、接客相手の香水や飲んだ酒。すべてが混ざり合って最悪なにおいを発している。狂死郎はよくもまあこんな仕事を毎日できるものだ。馬鹿にしているわけではない。土方ならば一週間もしないうちに鼻がやられてしまうのではないかと思う。そもそもこうして香水やらで着飾るのは好きな方ではないから余計に気になるのだろう。それにスーツににおいがつくので煙草も吸えない。それなら自分だけでも着替えて来ようか。そんなことを思っていたのだが、酔った沖田から目を離すのはやや不安だった。どうせ沖田も着替えなくてはいけないのだからその時に着替えればいいだろう。煙草が吸えないのは、禁煙の訓練だと思えば数十分くらいはなんとかいけるのではないかと思う。

「…………」
「…………」

 律儀に横で待っていると宣言通り、沖田はぐいぐいと酒を流し込んdえいた。そんなペースでひたすらに飲んで何が楽しいのか理解しかねるが、そこは個人の好みだろう。そうして自分を納得させてみたところでまた沈黙。

「……」
「……」

 沖田は酒を飲んでいるので気にならないのかもしれないが、沈黙が痛い。二人でいて会話がないのは今に始まった話でもないのだが、時折気まずさを感じる。沖田は酒を集中しているから沖田の方から話を振ってくることはまずないだろう。つまり、この沈黙を破るには土方の方から話しかけるしかないということになる。さっさと飲めと言っておいて話しかけるというのはどうなのだろうか。そんなことを思いはするが、結局沈黙に耐えることができなかった。そんな当たり前のことを指摘する正常さは今の沖田にはないだろうと判断したのもある。だから沈黙を破った。

「……お前、今日も真っ黒だったな」
「土方さんの髪には負けまさァ」
「褒めてんのかけなしてんのかよくわかんねえ帰しやめろ」

 けなしているのなら通常運転だが、褒めているのだとしたら相当に酔いが回っている。先ほどまでの接客の延長で土方まで口説いているのだろう。たちの悪い酔い方をする。
 早速話が脱線しかけた。脱線して困るほどの話でもなかったが、脱線したままで会話を成立させる自信もなかったので無理矢理に話を元のレールに戻す。そうしても沖田に会話をする気がなければまたすぐにでも脱線してしまうのだろうが。

「こうも見事に女騙せる奴そうそういねえよ。詐欺師の方が向いてるんじゃねえか」

 女を巧妙な口八丁手八丁で操る沖田はそれはもう輝いていた。もう眩しくすらあった。人間、やろうと思えばあそこまで輝けるものなのかと感心すらしたものだ。こちらはこちらで忙しかったのであまり長く沖田を見ていることはできなかったが。
 沖田は何のことかわかっていなかったようだが、そう言い加えたことでわかったらしい。もそもそと鈍いながらも反応を返す。

「あー、そうですねィ。人様が汗水垂らして稼いだ金を騙し取って暮らすのもそれはそれで楽しそうでさァ」
「乗り気なのかよ」

 冗談半分の発言ではあったのだが、沖田は割と真面目に検討しているらしい。酔っ払いだからだろうか。いや、普段の沖田でも真剣に考えかねないか。何せコイツはドSだ。人の金を巻き上げるなんてことは平気でやりかねない。

「でもこの顔だとすぐに見つかりそうですねィ。整形……はちょっと嫌なんで適当に変装して暮らしたりして。ちょび髭とかどうです?」
「まだこの話続けんのかよ。……ちょび髭はお前の顔には絶対に合わねえからやめとけ」

 思った以上に乗り気らしい。酔っ払いの世迷い言だろうし、適当に流しておこうか。沈黙が続くよりは酔っ払いの絵空事を聞いている方がいい。だから耳を傾けることにした。

「天才詐欺師の俺は警察に追われるんでさァ」
「まあ、詐欺は犯罪だしな」

 この話は一体どこに着地するつもりなのだろうか。着地点のことなど考えず喋っているのかもしれない。酔っ払いだし、酔っ払いなら唐突過ぎる話運びなのも仕方がないが。

「今時の警察は優秀ですからねィ」
「自画自賛かよ」
「だから転載詐欺師の俺でもだんだん追い詰められていくんでさァ」
「へえ……」
「そして最後に俺を捕まえるのは、土方さん」
「……俺かよ」

 まさかの展開だった。超展開すぎやしないか。だいたい真選組は対テロ用に作られた武装警察であって、詐欺師ダノの捕獲は別の組織の管轄だ。……いや、詐欺師の出身組織だった場合は動けるのだろうか。そんな事態に陥ったことがないからなんとも言えない。逆に捜査から徹底的に外されるような気はするが。

「っていうかなんで捕まる話になってんだよ」

 捕まるとか逃亡とか、そういう話だっただろうか。もしもの話というのはもっと気楽にするものではないか。どんどん暗い方向に傾き始めているような気がするのだが大丈夫か、大丈夫なのか。
 もっと適当でいいのに、沖田は真剣に考えているらしい。酔いが回っているくせにそうしうところには頭を回せるのか。よくわからない。 「俺が詐欺師になったパターンを真剣に考慮した結果でさァ。それで若干脱線して土方さんをより苦しめる方向に話が繋がった……?」
「疑問形で返されてもな」

 何がしたかったかなんて、それこそ沖田にしかわからないことだ。沖田の様子を見るにほとんど考えなしに喋っていたようだが。それでもひじかたを的確に苦しめる方法を思いついている当たりやはり起きただと思う。その精神、たまには綺麗さっぱり忘れるべきだ。土方の平穏のためにも。

「別にお前を捕まえることになっても苦しんだりしねえよ。むしろノリノリで手錠かけてやるわ」
「へえ、そりゃ楽しみですねィ。そんな日が来ることはねェでしょうけど」
「当たり前だろ」

 あるはずのない話をして、時間を潰す。無駄な時間だと一刀両断されればそれまでだが、そもそも酔っ払いと話していること自体が既に無駄なのだ。

「ちなみに、俺がホストっていうパターンもありまさァ」
「ああ、そう」

 真選組を抜けて、ホストになったらという話だろうか。まあ、沖田にとってホストが天職なのは間違いないだろうし、詐欺師よりはいいような気もする。法にも触れないことだし。

「まずその店の頂点に君臨します」
「早えな。いきなりこからスタートかよ」

 現実と乖離しているにもほどがある。それでも沖田ならやりかねないとも思う。コイツはできないことはあまり言わないのだ。今回は酔っているので微妙だが。

「で、大金持ちになって女にも困らなくて。最盛期にばんばん稼いで五十くらいで退職して後は自由気ままな隠居生活でハッピーエンドでさァ」
「……コメントに困るわ」

 そんなパターンの話を聞かされてどうしろと言うのか。突拍子もない話ではあるが、絶対に実現不可能だという話でもないあたりが余計に困る。努力運次第では本当にその通りの人生を歩んでしまえるのかもしれないし、それなら何と声をかけるべきか。いや、流しても一向に構わないのだろうが。
 そうやって逡巡した挙げ句、出て来た言葉はたいしたものではなかった。

「そんなに順風満帆ならいっそホストに転職したらどうだ?」

 ホストなら、常に命の危険に晒されながら生きることはないだろう。人を斬る感触を上塗りすることもないだろう。同じ年代の人間との距離が開くこともないだろう。
 少し考えてみるだけでいいこと尽くめだ。だから冗談半分の転職のススメだが沖田は意外にも渋い顔をした。意外にも、ではないか。前言撤回。

「まあ、確かに順風満帆でさァ。そういうのも有りっちゃ有りですよねィ」
「不満でもあんのかよ」

 妙に歯切れが悪いので思わず追及してみた。すると沖田は意外にも素直にそれに応じた。

「不満ですかねィ。まあ、実際体験したことがねェんで断言は出来やせんが……落ち着かねェんだろうと思って」
「落ち着かない?」

 何を指して落ち着かないと沖田は言っているのだろうか。ホスト生活そのものを言っているているのだとしたらわからなくもないが、それはどうも違うような気がしただから次の言葉を待つ。
 理解出来ないままに この話が終わってしまうのではないかと危惧し たのだが、その心配は無用だった。沖田は、酒を煽りながら人差し指を一本だけ立てる。それから 緩慢な動作で腰を指差した。

「刀。さっきから落ち着かねェんで」
「…………ああ」

 そこまで言われて納得した。ホストになれば当然帯刀ができない。それが落ち着かないと沖田は言っていたのだ。成る程、それなら理解出来る。

「確かに落ち着かねえな」
「土方さんもなんで?」
「まあな」

 なにせ恨みを買いまくっている身だ。丸腰でいる以上に危険なことはそうないだろう。しかも今は酔っ払い付きだ。都合良く目を覚ましてくれればいいが、そうでなければ生存は絶望的。そこまでわかった上で沖田の我儘に付き合っているのだから大概自分も人がいい。近藤のことばかりは言えないかもしれない。

「そういうお揃いはちょっと勘弁してもらいてェんですが」
「そりゃ俺の台詞だ」

 酔っていても可愛くないことに変わりはない。酔うと可愛くなる、なんて設定を背負われても困るのだがもう少し丸くなってもいいのではないだろうか。そんな風に思っていると、沖田はかなり少なくなっていた一升瓶の中身を一気に飲み干した。俗に言うところのラッパ飲みだ。

「ぶはっ」
「お前、一気に飲むなよ」

 そんなに一気に飲む急性アルコール中毒もありうる。沖田はそんなことで死めタマではないとは思うのだが、万が一ということもある。もうしてしまったものは仕方ないが、一応は咎めておくべきだろう。だが沖田はその言葉を真面目に聞き入れた様子はなかった。きっと口うるさい母親の説教並に聞き流されている。こういうことを言い聞かせるのは近藤のほうが適任だ。それくらいはわかっている。

「いいじゃねェですか、空になったんだから」
「そういう問題じゃねえだろ」
「帰りやしょう」
「おい、勝手に話進めんな」

 会話を成立させることなく勝手に話を進めていく沖田に疲労感を抱く。そもそもなんでこんなことをする羽目になっているのだろうか、なんて考えて元凶が近藤だったことを思い出す。明日にでも文句を言ってやろう。

「やっぱり刀がないと落ち着かねェや」
「それならぐだぐだ飲んでねえでさっさと着替えりゃ良かっただろ」

 沖田の発言と行動は矛盾している。それがわかっているのかいないのか、沖田は上機嫌さを保ったままでよくわからない言葉を返して来た。

「そこは大人の事情ってやつでさァ」
「ただの我儘にそれっぽい理由つけてんじゃねえよ」

 結局飲みたかっただけなのだろう。矛盾とか、そういうものは探すだけ無駄なのだ。きっとこの馬鹿はそこまで考えていない。それがわかっているからバカバカしい思考を半ば無理矢理に打ち切った。これ以上考えてもただの深読みにしかならない。

「……帰るぞ」

 例えば、と。頭を掠めたことがある。それは自分のエゴであり、沖田への冒涜であり、過去への裏切りでもある。
 沖田が別の道を選んでいたら。もしもの話しないあまり主義だったのだが、この度のホスト手伝いのせいでまたそれが頭を掠めた。例えば、他のものでもいいのだが例えば沖田がホストであったならば。酷く馬鹿馬鹿しいもしもの話。だがそれこそが幸せの正しい在り方なのかもしれない、なんて思考も否定しきれない。そんな冒涜の言葉出すつもりは毛頭ないが。その言葉を聞いた時の沖田の反応が手に取るようにわかって、口にするだけ馬鹿らしいと思う。亀裂が生じるのはわかりきっていた。それならわざわざ口に出す必要もないだろう。すぐに消すつもりだから、頭の隅を掠めるくらいは見逃してもらおう。

「言われなくてもそのつもりでさァ」

 沖田は刀がなくては落ち着かないのだと言った。それは恐らく本心なのだろうし、そうなってしまったことを沖田が悔いているとも思えない。だいたい、今更刀をを手放せるわけもないのだ。刀を手放してもこれまで重ねた罪は消えない。刀を手放したところで自衛する手段を失っただけに過ぎないのだ。だから、そもそもこのもしもの話自体が矛盾している。都合のいいところだけを拾った世界を見ようとして、途中でその 馬鹿馬鹿しさに気付いて思考を止める。それでも都合のいい思考はなかなか止まってはくれなくて、半ば強引に歩みを進めていく。勘弁してくれ。不毛だというのは自分が一番わかっている。
 考えるだけ無駄なのだ。沖田が不満も不安も抱いていないのならそれに口を出す権利はない。だから考えてもどうしようもない。それでもなかなか思考は止まらなかった。するとそれを遮るように、沖田が不意に声を上げた。

「あ」
「……何だ」

 急に何の脈絡もなく声を上げたものだから、思わず眉間に皺が寄る。しかしそんな土方に構う風もなく、沖田は呑気に続けた。元々土方の視線に怯えたりするようなタマでもないから呑気なのは当たり前と言えば当たり前なのだが。

「土方さん」
「だから何だよ」

 用件があるならさっさと言えばいいのに、沖田はなかなかそれをしようとしない。苛立たせる作戦だろうか。そんなことを思っていると、ようやく沖田は口を開いた。やたら時間をとったにしては内容は非常にくだらないものだったが。

「俺の手、繋いでもいいですぜ」
「はあ?」

 意味がわからなかった。ついに脳までやられたのか。そんなことを本気で考えて、ようやく気付いた。ああ、そういうことか。

「……お前、前後不覚になるまで飲むんじゃねえよ」
「失礼な。前後不覚になんてなってやせん。立ち上がろうとしたら身体が後ろに倒れるだけでさァ」
「それを前後不覚って言うんだろうが」

 脳までおかしくなったという予想はあながち間違ってもいなかったらしい。素直に助けを求めてくるだけまだマシだが、助けを必要とするまで酔い潰れる時点で救いようがない。飲むなよ、そこまで。

「自力で歩けねえなら素直にそう言え」
「土方さんが俺の手を引きたそうな顔をしてたんで」
「どんな顔だよ。してねえよ」

 素直でないので放っておいて帰ってやろうかとも思ったが、やはり後が怖い。素直でないながらも沖田が頼ってくること自体が非常に稀で、その稀さに免じて今回は多めに見てやらないこともない。

「おら。俺まで巻き込んで倒れんなよ」

 仕方なく手を差し出してやれば、沖田は渋々ながらそれを掴んだ。実に不本意そうだ。実際、不本意だろう。手を掴まれるこちらだって不本意だ。

「それはやれっていう振りなんです?」
「本当にやったらその辺に転がして帰るからな」
「冗談でさァ。心優しい土方さんにそんな真似するわけねェでしょう。日々土方さんには感謝感激雨あられでさァ」
「何キャラか固定しないままに発言してんじゃねえよ。怖いわ」

 たかが手で必死になりすぎだろう。心優しい、なんて普段の沖田は言わない。いや、時と場合によっては言うのかもしれないが少なくとも土方を評価する言葉としては絶対に使わない。それは断言出来る。つまりそれだけ沖田が手を離されまいと必死になっているということで。やはり酔っているのか。

「とりあえず着替えて……お前、その状態で着替えられんのかよ」
「いざとなったら這いつくばってでも着替えてやりまさァ」
「……そこは素直に頼めよ」

 手は借りるくせに何故そこだけは意地でも頼ろうとしないのか。いや、沖田からすれば今の状態は「頼っている」に入らないのかもしれない。手を繋がせてやるとか訳の分からないことを言っていたし。そうだとしたら最早何と言っていいのか。
 とりあえずここは沖田の認識を探ってみるべきなのだろうか。いや、それはそれで無駄な気もする。そうやってぐるぐると詮無いことを考えていたりすると、手を支えにして何とか立ち上がった沖田がにやりと笑みを作った。酔ってもその表情は健在らしい。

「……何だ」

 嫌な予感がする。こういう時の勘は大抵当たるのだ、残念なことに。

「土方さん。文句言うくせに表情ふにゃけてますぜ」
「…………は?」

 ふにゃけている、なんて表現初めて聞いた。いや、 まあそれはいい。何をどう表現しようと個人の自由だ。例え擬音がおかしかったとしてもそこは言うまい。それよりも問題なのは表情について「ふにゃけている」と指摘されたことだ。ふにゃけていうのは恐らくはにやけているだとか、そういった現の類義語なのだろうと思う。土方としてはそんな表情をしているつもりは全くもってなかったのだが、沖田日くそんな表情をしているらしい。

「んなわけねーだろ」
「いやいや、してまさァ。鏡でも見て来なせェよ」

 しゃっくり混じりに沖田がそう言う。いよいよ酔っ払いじみてきた。そうだった。相手は酔っぱらいだった。真面目に相手にするのも馬鹿らしい。だから無理矢理に話を打ち切ってやることにした。この際沖田の言っていることの真偽なんてどうでもいい。

「わかった。わかったからとりあえず着替えに行くぞ」

 すぐにバランスを崩して倒れそうになる沖田の手を引いて、更衣室へと向かう。その途中に腰まで映り込むような鏡が設置されていたりして、ここでようやく認めることになる。

「げ」
「ほら、ふにゃけてらァ」


……どうやら本当にふにゃけていたらしい。

ホストフィーチャー

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