※総子×X子
 総Xアンソロジー「私の彼女(カチク)を紹介します。」寄稿









 女になって、少しだけ早起きをするようになった。
 欠伸を噛み殺しながらのたのたと洗面所へ向かう。この時間になると洗面所にはまばらながらに人が集まっている。以前はむさ苦しくて仕方のなかった屯所は今や女で溢れ返っているが、中身が中身だけに楽園とは言い難い。洗面所にやって来るなり電気シェーバーを持った隊士と視線がかち合って互いに軽い驚きで目を瞬かせた。立ち直りが早かったのは向こう側だ。

「あっ、沖田隊長! おはようございます」
「……お前、今それに用事ねェだろ」

 寝起きでまだしぱしぱする目を擦りながらびっ、と手に握られている電気シェーバーを指差して指摘する。そうすると「あっ」と声が上がった。ようやく気付いたか。己の声はいつもより甲高く鼓膜を揺らすのにどうして気付かないものか。

「そういえばそうでした……」
「とっとと慣れろよ」

 女になってから、これまでの生活ががらりと変わった。例えばコイツのようなこと。毎朝剃り落としていた髭はすっかり消え失せて、青髭すらない。俺は元々毛深いタイプでもないのでこの気持ちはいまいちわからないが、毛深い隊士はぶるぶると震えて感動していた。そんなに顎髭が嫌か。男らしくていいだろ、顎髭。漢って感じがして最高だろ。どうにも顎髭を持ちし者にはあの魅力はわからないらしい。
 毎日充満していた整髪料の匂いは消え失せ、代わりに化粧品の匂いが充満する。化粧品と一口に言っても種類もメーカーもまちまちで、おまけに化粧慣れしてない奴らが加減も知らずに使うもんだから匂いが混じり合って混沌としている。手慣れた山崎の指導によりいくらか改善されたが、今日もにおいは酷い。真っ直ぐに窓まで歩いて行って、勢い良く窓を開けた。すぱん、と勢いのままに開いた窓が僅かに跳ね返って来る。それを一瞥してから、目を囲み過ぎてクレオパトラのようになっている隊士を押しのけて鏡を覗き込んだ。

「ぎゃっ! 沖田隊長! 何すんですかあ~」
「うるせェ。可愛らしく語尾伸ばすんじゃねェ」

 水桶にその顔面突っ込んでクレオパトラから化け物に転向させてやろうか。
 鏡の向こうの自分はそれはもう酷いもので、女になって伸びた髪が思い思いの方向へ跳ねたり巻いたりしている。切ってやろうかとも思ったが、今の状態であまり身体を弄らない方がいいだろうという意見もありそれは保留になっていた。頭を振る度に視界で亜麻色がちらつくのが鬱陶しいが徐々に慣れつつもあったりする。
 多少の寝癖ならここで直そうかも思ったが、これはなかなかに面倒そうだった。昨日髪を乾かさずに寝たのが良くなかったんだろう。わしゃわしゃと髪を掻き回してみるが、寝癖が解けることはなかった。……諦めるか。

「山崎、櫛借りてくぜ」
「ああ、はい。どうぞ」

 いくつも持っているからひとつふたつ貸し出したところでなんともないらしい。化粧慣れしない隊士に下地のどうとか熱心に教える山崎に声だけ掛ける。こうして眺めていると女が和気藹々としていて一般的には和やかな風景であるはずなのだが、その実おっさん共がきゃっきゃと化粧を楽しんでいるのかと思うとぞっとする光景である。
 視界に入ってくる亜麻色を頭を振ることで外へ追い出しながら、ある一室へ向かう。とたとたと廊下を叩く足音は心なしか今までよりも軽くなっているような気がした。身体が軽いのは大変結構なのだが、踏ん張りがきかなくなっているのは痛いところだ。この身体で戦い方に妙な癖をつけてしまわないといいのだが。
 目指す部屋までの距離はそこそこある。収容されている人間の数を考えるとこの広さは順当だとは思うがもう少し何とかならないものかとも思う。まあ、どうにもならないんだろう。隊士がぐっと増えて改修の予定でも入ればまた話は別かも知れないが、今のところそんな予定もなさそうだ。というか日々賠償金やら修繕費やらで予算を食い潰しているこの組織に改修費なんて費用が降りるとも思えない。その筆頭の自分が言うことでもないが。
 つらつらと考えている内にようやく目的地に到着した。部屋の向こうはしんと静まり返っていて人の気配はない。だが構わずに障子を躊躇いなく開けた。いないなんてことはないだろうし、ノックなんて真似は障子では不可能だ。それに来訪自体は気配で察しているだろう。

「土方さん、もしかしてまだ寝てます?」

 土方さんは元より寝起きがあまりいい方ではなかったが、この度女になってから更にそれが酷くなった。寝汚い、とは少し違うのだろうが許されるぎりぎりまで眠り込むようになった。野郎の土方さんなら首元にスカーフでも締めている頃合いだろうが、土方さんはまだ着流し姿だった。

「……起きてる」

 ちょうど目が覚めた頃合いだったようで、布団の中からころころとした丸い物体が這い出てくる。着流しを着ている、と言うよりは着流しが身体の周りに張り付いているといった感じの土方さんは「くあ」と大口を開けて欠伸をひとつ零した。そうしてると益々豚みたいですよ、土方さん。

「髪がいいようにならなくてえ。土方さん、お願いしてもいいですかあ?」

 馬鹿っぽく間伸びした喋り方をすれば、眉間に皺が寄る。わあ、怖い。

「お前、その喋り方やめろ。舐められんだろ」
「このナリじゃどんな喋り方したって一緒でしょ。それなら似合う喋り方の方がいいじゃないですか。土方さんも可愛く喋りましょうよー」
「絶対嫌だ」

 心底嫌そうに誘いをばっさり断った土方さんは机まで這って移動すると、ここ数日で定番アイテムへと昇格したスプレーを手に取った。それを確認してから土方さんの正面にぺたりと腰を下ろす。机上に転がっているドライヤーを掴んでプラグをコンセントに差し込む。それからドライヤーを持ち上げて軽く土方さんへと掲げると、手の上から重さが消えた。

「ぶわっ」
「ふ、色気のねえ声」

 髪に吹きつけられたことで椿の香りがあたりにぶわりと広がる。どちらにも似合わない香りに笑いすらこみ上げて来るが、まあこの人はすぐに煙草で掻き消してしまうんだろうからどんな香りだって構いやしないに違いない。吹きつけたそれを馴染ませる為に髪へ土方さんの指が差し込まれる。むちむちと脂肪で武装されたウインナーのような指に以前の面影はない。でもまあ、これはこれで悪くはない。なんつーかこう……ウインナーが食べたくなる。うん、今日は焼き肉に行こう。

「土方さん、焼き肉行きましょうや」
「あ? ……昼飯の話か?」
「昼でもいいですけど、焼き肉と言えば晩飯でしょう」
「いや、知らねえけど。世の常識みたいに話されてもお前の焼き肉に対する価値観は知らねえよ」
「じゃあ晩飯に焼き肉。あ、土方さんの奢りで」
「何当然のように奢りにしてんだコラ」

 かちん、と固いスイッチを押す音がして、ドライヤーが温風を噴き始める。温風に撫でられた髪が横へ流れていくのを土方さんの手が押さえ留めて、優しい手つきで梳かしていく。今夜は土方さんの奢りで焼き肉に決定だろう。この人は何かと文句は言うが、きっぱりと断らなければ了承と同義だ。嫌よ嫌よもの好きの内……は少し違うか。

「これぐらい山崎に頼めばいいだろうが」

 寝癖を直しながら土方さんが何度目になるかわからない抗議をする。そう思うなら追い返せばいいのにそうしないあたりこの人はつくづく甘い。その甘さが誰にでも発揮されるものではないとは知ってはいるが。
 元々癖がつかない方なので、少し梳かすだけで寝癖はあっさりと消えていく。土方さんは少し伸び上がって後頭部の寝癖をチェックする。目の前に豊満な乳があるのにいまいち興奮しないのは自分も女になっているからなんだろうか。いや、そもそも脂肪の塊なのに乳にだけ興奮出来るわけもないか。
 寝癖が消え失せたのを確認した土方さんはドライヤーのスイッチを切って、机上に置いた。土方さん自身は大して髪を構いつけないので実質あのドライヤーは俺専用だろう。今までドライヤーなんて所持していなかったくせにここ最近は何故か常備されている。そういうことをしているから甘いと言われるのだとこの人は自覚してるんだろうか。どんな顔でドライヤーを買い求めたのか出来ることなら見たかったと思う。

「おら、後ろ向け」
「へーい」

 床に着いた両手を軸にして百八十度回転すると、ドライヤーを手放して空いた両手が俺の髪の間をすり抜ける。むちむちと肉が詰まった指は少しでも力の込め方を間違えると破裂してしまいそうな危うささえあった。随分と短く縮んで丸みを帯びた指が、俺の髪を撫でながらひとつに纏め上げていく。がたがたと乱雑に引き出しを開ける音が鼓膜を叩いた。纏め上げられた髪が軽く引かれて、頭皮がぴんと伸びる。だがさほど痛みがあるわけではない。引かれるままに僅かに身体を後ろに傾けながら、指が滑る感触を髪越しに受け取っているとひとつに纏まった髪の根元をヘアゴムが通って、ぐるりと巻き付きながら回転した。土方さんが手を動かすと締め付けが更に強くなって、ヘアゴムが更に巻き付く。何度かそれが繰り返されて、最後にぱちんとヘアゴムが土方さんの手から離れていった。するりと髪を撫でながら肉々しい手が離れていったのを視界の端で認識してから首を左右に振ると、ひとつに纏められた亜麻色の髪が揺れて、土方さんに当たる。

「痛いわ。やめろ」
「次は俺の番なんでヘアゴムくだせェ」
「俺の話聞いてないな?」

 四つん這いでべたべたと部屋を這いずって、土方さんの後ろに回り込む。
 これは交換条件だ。女になって伸びた髪を最初は切るつもりだった。だが勝手に切ってしまっては元の姿に戻った時に何か問題が起きてしまうのではないかという意見が出て、髪の長さは変えないという結論に落ち着いた。だが邪魔なものは邪魔なのだ。だから結うことにした。俺は土方さんに髪を整えてもらう代わりに土方さんの髪を整える。まあ、俺の場合はひとつに括るだけなので自分で出来るわけだが。正直に言うと楽しんでいるだけだ。
 女になって感性まで女みたいになっているのか、髪を弄るのは楽しかった。土方さんもそれに気付いているんだろうがされるがままには結うし、結われる。だが日課になりつつあるこれが面倒ではあるのか抗議は時折あった。

「別に普通に結うだけでいいだろ。何で毎回三つ編みなんだよ。手間だろ」
「別にいいでしょ。似合ってますよ」
「嬉しくねえ」

 女になっても土方さんの髪は固い。櫛で軽く梳かして絡まりをなくしてから中央に指を通す。項を滑る指に反応して土方さんの肩がぴくりと跳ねるのが楽しい。からかってやりたいがそうするともう髪を触らせてくれないかもしれないのでぐっと堪えて知らぬ振りを貫いている。緑がかった髪をざっくりとふたつに分けてその片方を更にみっつに分けていくと、髪の間を指が滑る感覚が慣れないのか土方さんはいつも居心地が悪そうにしている。思わず、からかいたくなる。

「お前、髪結うの上手いよな」
「姉上にたまに頼まれてたんで簡単なやつなら出来やす」
「へえ」

 土方さんの反応がやや鈍くなる。何気なくこんな会話を引っ張って来れるようになっただけでも随分進歩したなあ、なんてしみじみ思いながら黙々と髪を編み込んでいく。最初は髪を引き過ぎて痛いと苦情が上がったが、今となっては慣れたもので土方さんは何も言わない。くるくると指に髪を巻き付けながら、髪同士を絡ませていく。編み込んだところからがっちりと髪が固くなる。こうして編み込んだまま一日を終えると癖がついてうねるのだが、土方さんはあまり気にしないようだった。長い髪が視界を跳ね回ることの方が余程耐え難いらしい。
 それにしてもつくづく無防備な人だと思う。これまで両手で数えても余裕で足りないくらいに俺に命を狙われているというのにこの隙の多さは何だ。自分ならこの距離でも回避出来るという自信でもあるのかと思うと苛立ちが募るが、恐らく何も考えていないだけだ。真選組の頭脳だなんだと言われちゃいるがこの人は存外頭が緩い。そりゃあ今は武器らしい武器は持っちゃいないが、髪を弄る手を少し下へ滑らせて縊り殺してやるくらいは出来ると思う。この人はその可能性に思い至らないんだろうか。アンタ、俺に日々命狙われてる自覚あります?

「なんだかんだで女の身体にも慣れてきやしたね、俺もアンタも」
「俺は慣れた覚えはねえ」
「身体の感覚は掴んだでしょう?」
「……それはそれだろ」

 女になったことで体格は大きく変質し、男の時と同じ感覚では刀を振るえなくなっていた。散々手こずりながらようやくこの身体に慣れてきたところで、それは土方さんも同じだろう。しかし慣れたことは認め難いらしい。隊士達は比較的柔軟に現実を受け入れている中、この人は頑なだった。頑なに女の自分を認めようとしない。

「お前は俺がおかしいみたいな言い方するがな、もう馴染んでるお前等の方が絶対異常だからな」
「順応しないとやってらんねェでしょ、実際」

 しっかり固めながら編み込んだ黒髪の最後をヘアゴムで括りつける。ゴムを引き伸ばしながら何度も巻きつけて、ヘアゴムの余裕がなくなってきたあたりで手を放す。途端に伸ばされていたゴムが元の長さに戻って、ぺちんと控えめに土方さんの髪を叩いた。それを見届けてからもう片方の一括りへ手を伸ばす。土方さんは相変わらず警戒心の欠片もなく無防備に背中を晒している。
 女の身体が嫌だとこの人はしきりに言うが、それより前に別の意味で女になってるんだから大して変わらないんじゃないかと思う。思うが、地雷を踏み抜く発言であることは想像に安易なので口にはしていない。この人はあまりそのあたりのことを口にしたがらないが多大な葛藤と譲歩を経て己の性を捻じ曲げ、俺との関係を繋いでいることを知っている。

「でも女になって良かったって思うことありません?」
「ない」

 即答である。半ば意地になってるんじゃないか、この人。

「そうですかィ。俺はありましたけど」

 女の身体になって不便に思うことも多いが全く益がなかったわけでもない。その意見に土方さんは全く共感出来ないらしく即座に疑問符が跳ね返って来た。今後を楽しむ為の参考にするというよりは頭のおかしい人間の思考を覗く好奇心に勝てなかったといったところか。
 髪を少し強めに引くと頭皮を引っ張られた土方さんが小さく呻く。苦しげな声に気が良くなって、面倒臭い人の問いに答えてやる方に心が傾いた。いつもなら適当にはぐらかして教えてやらないところだが、今の俺は機嫌が良いので特別だ。

「女なら口実がなくてもアンタに触れるとことか、結構気に入ってるんで楽しいですぜ」

 男女の性差だろう。女になってから触れることに対する抵抗が薄くなったのをひしひしと感じている。何が楽しくて女同士でああもべたべた触り合えるんだろうかと常々疑問に思っていたが、自分が女になったことでその疑問はあっさりと解決した。単に触れることに抵抗がないのだ。だからコミュニケーションの一環として相手に触れることが出来る。男であっても躊躇しないタイプはいるがそれは近藤さんみたいなタイプのことであって、俺や土方さんはまかり間違っても気安く触れ合うタイプじゃない。だから触れたいと思っても何か口実を見つけて絡む必要があったし、あまりしきりに接触が伴うのも不自然なような気がしてその回数は控えめなものだった。四六時中触れていたいなんて末期じみた考えは持ち合わせていないのでこれまで何ら不便はなかったのだが、現状に満足感を覚えているあたり不満は水面下で溜まっていたらしい。自分でも意外過ぎる発見だが、こうして己の感情として突きつけられてしまえば意固地になって否定する気にもならなかった。本当は触りたくて仕方がなかった、なんてぞっとする話だが。

「それに、アンタだって俺に髪結われんの結構気に入ってるでしょ」

 一緒にいれば警戒しているのか緩みきっているのかくらいすぐにわかる。性別が変わっただけで俺は俺のままだと言うのに、外見のせいか土方さんは今の俺に対して酷く無防備だ。髪に他人の指が通る感覚が気持ちいいのか完全に脱力していることもある。そのくせ時間をかけて編み込んでやるとまだ終わらないのかと落ち着きなく逃げ出そうとするあたりは猫のようだ。

「……お前だって好きだろ」

 否定したところで無意味だとでも判断したのか、苦し紛れに土方さんはそう返す。土方さんにとってその感情はあまり歓迎すべきものではないようだが俺はと言えばそんなこともないのでその問いにはあまり意味がないように思う。

「確かに好きですがねィ」

 近藤さんにわしわしと頭を撫でられることだって男の時とはまた違った喜びがあるし、何より土方さんのむちむちした指が俺の髪の間を通るのは楽しい。ぐるりと絡みついた髪が引っ掛かって指に食い込むあの感覚が新鮮で楽しい。異常だという自覚は少なからずある。
 そうこう話している内に着々と編み上げていった黒髪は最終地点に達そうとしていた。ぎりぎりまで編み込んでからその端をヘアゴムで括りつける。完成したふたつの三つ編みを比較してみるが、大きさも間隔もおおよそ同じだ。最初の頃こそコツが上手く掴めずに手こずったが今となってはこれくらい朝飯前である。ふふん、と思わず誇らしげな息を漏らすと前方からは溜息が返って来た。

「……もういいか?」
「折角可愛くしてやってんのにそんな鬱陶しそうな態度だと可愛げねェですぜ」
「別に頼んでねえって……」

 ぶるぶると頭を左右に振って髪が纏まっていることを確認すると土方さんはどこか億劫そうに立ち上がる。女になったこの人は随分と縮んで、今では俺の目線よりも下にいる。土方さんを見下せ……いや、訂正。見下ろせるという点も女になったメリットだと思う。こんな体験が出来るのは今だけだ。いつだって土方さんは俺よりも大きかった。……思い返したらムカついてきた。俺は出会ってからずっとこの人に見下ろされている。

「おら、髪は整ったんだからさっさと支度済ませて来い」

 しっしっ、と手を振って露骨に部屋を追い出そうとしてくるのは着替えを見られたくないからだろう。男の時は躊躇なく目の前で着替えていたくせに今更だとは思うが口答えしても叩き出されるだけだ。食い下がってまで裸体を見たいわけでもないので素直に敷居を跨いで部屋を出る。ただ、全て思い通りになるのも癪だったので細やかなお願いをしてみることにした。

「明日は俺の髪、三つ編みにしてくだせェ」

 髪を手で梳き、結われることなんて今後そうそうないだろうしそれなら好きなだけ堪能しておくべきだろう。
 どんな反応をしてくるかとその顔を見れば想像に違わず渋面の土方さんが正気を疑う目で見返してくる。そういう表情を見ると女になっても土方さんは土方さんだと思うのだが、この気持ちはきっと伝わらないんだろう。

「……三つ編みなんかしたことねえ」
「簡単でさァ。教えるんで、やってくだせェ」
「自分で出来るなら自分でやればいいだろ」
「自分にするのと人にするのとじゃあ勝手が違うんで難しいんでさァ」

 自分で編み込むことはもちろん可能だが適当に言い包めれば土方さんは「ぐう」と獣じみた呻き声を漏らした。陥落の合図だ。

「…………説明されても出来なかったらやらねえからな」

 素直に応と言えないあたりとても損な性格をしていると思う。この感じならそんなことを言いつつなんだかんだ四苦八苦しながら三つ編みを作ってくれるんだろう。
 土方さんの作る三つ編みの不格好さに想像を膨らませながら、髪の間を滑る肉厚な指を思い起こし、想像して思わず笑みが浮かぶ。

「……何笑ってやがる」
「いえ、明日が楽しみだなあと思いやして」

 わざとらしく笑みを深めてやるとそれに比例するように土方さんの眉間の皺が深くなっていくのが楽しい。純粋に明日を楽しみにしているということは悟られないうちに障子を閉じて、零れ落ちそうになった笑いを口の中で早々に噛み殺すことにした。

寝乱れに椿

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